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循環取引〜不正会計と裁判実務−1

弁護士 礒川剛志

平成26年5月9日更新

1.序論
 「循環取引」という経済新聞の見出しを見られたことはないだろうか?
 「新興市場に上場しているIT企業が循環取引で100億円の架空売上」といった記事が載ることがある。
 循環取引とは典型的な“不正会計”の手段であるが、どういう手法でなされるのか、それが発覚した場合にどういう結末を迎えるのか、循環取引に関する裁判実務はどうなっているのか等についてご説明したい。

2.循環取引とは何か?
 循環取引とは、後述のとおり、売上を架空計上して会社の業績が良いかのように仮装する不正会計の1つの手法である。あるいは担当者や特定の部門が自らの売上成績が良いように見せかけるために行われる場合もある。不正会計自体は、売上の水増し計上や伝票操作等いろいろ手法はあるが、その中でも発覚が困難な“込み入った”手法が循環取引である。海外でも循環取引は行われており、“Round-trip trading”と呼ばれ、有名なエンロン事件でもデリバティブを利用した一種の循環取引が行われた。
 「循環取引」とは、「環状取引」と呼ばれることもあるが、いずれも法律上の言葉ではないので正式な定義は存在しない。不正会計や循環取引をテーマにした書籍では以下のような定義付けがされている。

・    循環取引とは、会社が仕入取引等の名目で支出した自らの資金等を利用して、当該資金を協力会社等の取引先を経由させ、自社に還流させることにより、当該資金の自社への入金を売掛金の回収取引として装う仮装取引を利用した不正会計の手口をいう(「不正会計」宇澤亜弓著・清文社)。

 循環取引とは、複数の企業が共謀し、販売取引を当該企業間で連続させ、半永久的に循環させるよう仮装した取引であり、通常現金による債権債務の決済があり、証憑書類等も整備されているため、発見が困難なものをいう(「架空循環取引 法務・会計・税務の実務対応」霞晴久・清文社)。

 ・  環状取引とは、連続する売買契約等において、最初の売主等と最後の買主等が同一となる取引形態をいう(「環状取引をめぐる裁判例と問題点」判事補松村一成著・判例タイムズNo1297)。

 それぞれ資金の流れやその性質、契約関係に着目した定義付けであるが、いずれの定義も的を得たものと言える。

3.循環取引の手法(スキーム)
 典型的な循環取引の手法は以下のとおりである。

 @首謀者であるX社が協力会社A、B、Cに取引を持ち掛ける。
 AX社は、C社に乙商品を1500万円で売却。
 BB社は、C社から乙商品を1520万円で仕入。
 CA社は、B社から乙商品を1550万円で仕入。
 DX社は、A社から甲商品を1580万円で仕入。

 簡単に言えば、X社が1500万円で売却したものを1580万円で買い戻していることから、本質的には赤字のスキームということになる。しかしながら、甲商品の仕入取引と乙商品の売上取引は同一の取引とは処理されないため、その時点で赤字取引とは認識されない。上記スキームの実行によって甲商品につき架空棚卸資産として計上されてしまうが、これを解消するため、X社は、甲商品を売らなければならず、C社に1600万円で売却する。そして、さらに丙商品として買戻す循環取引を行うのである。
 いったん循環取引を初めてしまうと、次の循環取引を行わないと、穴埋めができなくなって不正が発覚してしまう。しかも循環取引を繰り返すたびに穴埋めに必要な金額は増加することから、循環取引に関する取引額、すなわち架空売上高も増加してゆく。循環取引が発覚せず長期間継続されることにより、簡単に数億円、数十億円の架空売上高となってしまうわけである。

4.循環取引が行なわれる目的 
 何故、赤字のスキームなのに循環取引を行うのか。その理由は、架空売上を計上するために行われるのがほとんどである。また、金融目的で行われる場合もある。例えば、上場を目指す新興企業が売上高をかさ上げするために循環取引を行ったり、特定部門の担当役員が当該特定部門の成績を良く見せかけるために循環取引を行う場合がある。
 一方、金融目的というのは、例えば、特定部門の担当者が通常取引で1500万円の穴をあけてしまった時に、どうしても1500万円が必要であることから、先にC社から1500万円の支払を受けて、B社、A社を経由して、A社に1580万円を支払って仕入取引を行うという場合、各社を経由するのに半年かかるとすれば、金利80万円で半年間1500万円の融資を受けたのと同じ状態となる。
 過去の事例を見た場合、循環取引の類型としては、@経営陣が関与して組織ぐるみで売上高の架空計上を行う場合(IT企業のケース)、A営業担当者のみが関与する場合(上場子会社の特定部門の役員が首謀者となる場合)、B他社が主導する循環取引に巻き込まれる場合(先ほどの例えのA社〜C社)が上げられる。

5.循環取引の歴史
 冒頭で新興のIT企業の例を挙げたが、実は循環取引は新興企業に特有の問題ではなく、長い歴史を有する不正会計の手法である。
 「備蓄取引」と呼ばれる供給と需要との間にタイムラグが生じる商品の取引に関して循環取引が行われてきた。例えば、水産業界や繊維業界が上げられる。季節的要因を受ける農産物、水産物のように供給が一時期に集中して需要が徐々に進むケースと、逆に繊維製品のように需要が一時期に集中するケースがある。例えば、繊維メーカーは、毛布を一年中製造するが、需要は秋から冬の一時期に集中する。販売できない時期は在庫として抱えることになるが、それをいったん商社に抱えてもらい、販売できる時期に買い戻す。これ自体は問題のある取引ではないが、例えば、その在庫が不良在庫であったり、架空在庫ということになると、実態のない循環取引ということになる。
 また、石油業界では「業転取引」という取引の中で循環取引が発生してきた。原油の精製過程で、ガソリンや軽油、重油が同時に算出されるため、需要と供給のバランスが崩れる場合があり、余った軽油を業者間で転売するといった取引慣習が循環取引の温床となった。
 そして、近時、増加しているのが情報サービス産業や広告業界の取引慣習を温床とする循環取引である。これらの業界では取引慣習として、販売先や仕入れ先からの紹介で行う取引や、与信の関係や口座新設の省略のために窓口となることを求められる商社的な取引慣行があり、それが循環取引に利用されるのである(日本公認会計士協会H17.3.11付「情報サービス産業における監査上の諸問題について」)。
 これらの歴史から見えてくる共通の特徴は何か?
@  まず第1に売上至上主義である。ワンマン経営者の売上至上主義や、厳しい売上ノルマが背景となる。また、上場を実現するため、あるいは上場を維持するために売上が必要となる。
A  次に背景となる業界慣習である。先程述べたとおり、特定の業界に偏って循環取引が発生するが、背景として業界慣習上、「介入取引」が一般的に行われる業界に発生する。「介入取引」の説明は後ほど。
B  現物を確認しないまま取引が完結する取引が悪用される。
C  上場企業の非中核部門、新規事業部門、子会社で発生するケースが極めて多い。
 首謀者となる企業は上場企業等、世間的に信用されている会社でなければならない。協力会社からすれば、与信に問題のある会社から依頼を受けるのはリスクであり、循環取引を行うためには首謀者自体に世間的な信用がなければできない。
 非中核部門、新規事業部門、子会社で発生するケースが多いのも理由がある。必要性の問題として、部門の廃止等のリスクにさらされており、売上高のプレッシャーが強い、さらに許容性の問題として、本社の中核部門と異なり、企業の内部監査や監査法人の監査の目が行き届かないという問題もある。
 「介入取引」というのは、例えば、X社の担当者からA社の担当者に「B社から商品を納入するが、B社と取引口座がないので、取引口座のあるそちらの会社に形式だけ商流に入って欲しい。口銭を取ってもらって良い。」というような依頼があって行われる。業界によっては「帳合取引」とも呼ばれ、それ自体は違法ではないが、介入するA社からすれば、実際の取引には関与しないので、商品が本当に納入されているか否か等、現物確認をすることはなく、請求書と納品書のやりとりと、代金の決済だけの取引となってしまう。そのため、不正取引に利用されてしまうリスクがある。
 協力会社からすれば、単なる介入取引だと思っていた取引が実は循環取引であったことを取引破たん後に初めて知ると言うケースも多い。

6.循環取引が長期間発覚しない理由  
 過去の事例を見ると、上場会社で監査法人の監査を受けているにも拘わらず、長年に渡って循環取引が発覚せず、多額の架空売上が計上されているケースが多い。
 何故、循環取引が発覚しないかと言えば、@基本取引契約書、発注書、受領証等、証憑関係は通常取引と同様、何ら問題なく整備保管されている。A実在する取引先との間で、証憑関係と合致する資金の移動が実際に行われていて、債権債務が滞留しない。B現物確認が困難な製品(IT関係や仮装された在庫)が取引対象となっている。そのため、循環取引が破綻するまでの間に監査で見抜くことは困難であり、循環取引のことを「粉飾の完全犯罪」と呼ぶ人もいる。
 一方で、循環取引が繰り返される中で取引価格は雪だるま式に膨らんでいくのであり、必ずいつかは破綻する。発覚の経緯としては、@内部監査や監査法人の監査、税務調査で発覚するケース、A担当者が決裁権限を越える等して自白するケース、B内部通報によるケース、C取引先の破たんによるケース等がある。
 循環取引は、売買契約、請負契約、業務委託契約の形式で実行されることが多いが、リース契約の形式を取る循環取引もある。ニイウスコーという会社で実施された循環取引のスキームであるが、リース取引を利用して循環取引が行われた。リースバックをする際に本来は、リース会社へ物品を販売してもその時点で代金全額の売上を計上することはできない。それを潜脱して売上高をかさ上げするために、リース会社から協力会社に物品を転売させ、協力会社へは別名目でリース料相当額を継続支払したのがこのスキームである。結局、首謀者からすれば、リースバックをしただけなのに、物品代金全額の一括売上計上が可能となる。このように複数の取引先、複雑なスキームを採用して循環取引は実行されている。
循環取引〜不正会計と裁判実務−2に続く)
  
以上  
                                                                    

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