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循環取引〜不正会計と裁判実務−2
弁護士 礒川剛志
平成26年5月15日更新
7.不正会計発覚時の対応(過去の不正会計や循環取引の事例) | ||||||||
典型的な対応として、証券取引所に事前説明を行い、第三者委員会を立ち上げて調査を行い、事案の解明を行う。その結果、過去の架空売上が確定できた段階で、過年度決算の訂正をしなければならない(重要性の基準の適用により、軽微な虚偽記載についてまで過年度に遡って訂正を要求されるわけではない)。 上場会社が有価証券報告書等に虚偽記載を行い、かつその影響が重大であると証券取引所が認める場合は上場廃止基準に該当する。また、悪質な不正会計に対しては金融庁から多額の課徴金が課される。 さらに、金商法上の刑事罰の対象となる可能性があり、有価証券報告書等の虚偽記載については5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金または併科。法人については両罰規定として5億円の罰金刑となっている。 |
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(過去の循環取引の事例) | ||||||||
@メディア・リンクス事件 | ||||||||
大阪市に本社を置く、大阪証券取引所ヘラクレス市場上場会社であり、情報処理システムの販売・サービス提供を行うシステム事業等を行っていた。資金循環取引による不正会計が大きく取り上げられることとなった発端の事件である。 IT業界の主要企業をほとんど網羅する形で最終的に約20社が架空取引に参加していた。実際の売上高21億円に対して、循環取引により売上高165億円とする虚偽の記載をした有価証券報告書を提出。 平成16年5月1日に適示開示規則違反で上場廃止。その後、同年10月に元社長がインサイダー取引で逮捕・起訴。役員が風説の流布で逮捕・起訴。さらに元社長が有価証券報告書の虚偽記載で逮捕・起訴された。 |
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AIHI事件 | ||||||||
循環取引ではないが、不正会計事案として多額の課徴金が課された。 | ||||||||
Bエフオーアイ事件 | ||||||||
神奈川県相模原市に本社を置く、東京証券取引所マザーズ市場上場会社であり、半導体製造装置の製造・販売を主たる事業として営んでいた。平成21年11月にマザーズ市場に上場した6か月後の平成22年5月に証券取引等監視委員会の強制調査が入った。 上場に際して提出した有価証券届出書に記載された連結売上高が約118億5000万円であったところ、実際には3億1900万円しかなく、ほぼ架空売上高であった。元社長及び元専務を金融商品取引法違反(虚偽有価証券届出書提出罪)で起訴。 |
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Cニイウスコー事件 | ||||||||
東証1部上場のシステム販売会社であったが、ワンマン経営、ノルマ主義による弊害があったと言われており、複数の不正スキームを実施した。 売上高274億円、経常利益114億円の過大計上。実体のないスルー取引やリースを利用した循環取引、転売先からの買い戻しによる循環取引、不正なクロス取引等、複数の不正スキームを実施していた。平成20年4月に民事再生を申立、6月に上場廃止。 |
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Dアイ・エックス・アイ事件 | ||||||||
大阪市に本社を置く、大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場上場会社であり、システム開発等を主たる事業として営んでいた。別の会社が平成17年8月に公開買付によりIXIを子会社化。その時点で既にIXIは不正会計を行っていたが、財務DDにおいて不正会計は発見されなかった。IT関連企業約20社が参加した約1000億円の循環取引。IXIは「商流ファイル」と称する取引経路を記したデータを作成して全体をコントロールしていた。商品が実在するかのように装うため、「営業支援システム」といった名称で264枚ものCDを用意するなど、手口は周到であった。平成20年6月に元社長ら3名が証券取引法違反(虚偽有価証券報告書提出罪)の罪で起訴された。 | ||||||||
Eプロデュース事件 | ||||||||
新潟県長岡市に本社を置く、ジャスダック市場上場会社であり、製造装置等の製造・販売を主たる事業として営んでいた。会計士の主導による循環取引と言われている。実際には赤字であったにも拘わらず、循環取引によって売上と利益をかさ上げし、虚偽の有価証券届出書を提出して平成17年12月にジャスダックに上場。 前社長及び前専務、会計監査人であった公認会計士をそれぞれ証券取引法違反(虚偽有価証券報告書提出罪)で起訴。 |
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F加ト吉事件 | ||||||||
東証一部上場の冷凍食品大手であるが、ワンマン経営による売上至上主義の弊害。元常務が主導して水産事業本部で不適切な取引が行われた。6年間で985億円の不正取引。 スポンサーによる買収によって上場廃止。取引先の商社が加ト吉に対して訴訟を提起。元常務は特別背任罪で懲役7年。他社の完全子会社となって上場廃止。 |
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Gメルシャン事件 | ||||||||
東証一部上場企業であるが大手飲料会社の上場子会社。主力事業はワインの製造販売。H22.5月に取引先からの通報により発覚。傍流である水産飼料事業部で発生。 5年6か月に渡って総額64億7000万円の架空・循環取引。監査に際して偽物の飼料を用意して在庫の数量を偽装。親会社による買収で上場廃止。 |
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Hその他 | ||||||||
不正会計や循環取引を巡って監査をしていた監査法人が破産管財人等から決算の粉飾を見過ごしたということで損害賠償請求を受けたケースもある。 |
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8.不正会計に関する近時の動き | ||||||||
金融庁の諮問機関で会計基準を審議する企業会計審議会は、H25.3.26付「監査基準の改訂及び監査における不正リスク対応基準の設定に関する意見書」を発表。不正リスクに対応した監査手続を明確化するとともに、一定の場合に監査手続をより慎重に実施することを求めるとの観点から、不正リスク対応基準を設けることにした。 日本公認会計士協会がH23.9.15付「循環取引等不適切な会計処理への監査上の対応等について」を発表。開示書類の虚偽記載に対する課徴金の勧告事案の増加傾向、及びその中に循環取引等に係るものが多く見られることを受けて発表された。業界慣行やビジネスモデルの経済合理性に留意したリスクの評価や取引対象物の存在の確認、ソフトウェア等の専門家の利用などが指摘されている。 |
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9.循環取引に関する裁判実務 | ||||||||
循環取引が発覚した時点でそのスキームは破綻する。そのためその時点で代金支払を受けていない協力会社が本来、買主となるはずであった別の協力会社や首謀者を被告として売買代金請求訴訟を提起するというのが典型的な循環取引の裁判である。 このような裁判の特徴は、以下の3点である。 |
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@契約自体の有効性が争われる。 | ||||||||
実体のない契約は無効であるという形で当事者間の売買契約や請負契約の有効性が争われる。 | ||||||||
A契約が錯誤や通謀虚偽表示により無効と争われる。 | ||||||||
通謀虚偽表示というのは、民法上の概念であるが、お互い通謀してした虚偽の意思表示、すなわち架空契約は無効というルールである。その結果、こちら側の認識が悪意かどうかが大きな争点となる。 | ||||||||
B同時履行の抗弁権が争われる。 | ||||||||
本来、売買契約であれば、売買の目的物の引渡しと同時に売買代金の履行をしなければならないのであって、目的物がそもそも存在しない以上、引渡しはなく、代金も支払わなくて良いと言う理屈である。あるいは請負契約や業務委託契約の場合は、目的である仕事の完成が代金支払の要件となるが、これも仕事がそもそも存在しないということになる。 |
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それぞれに対する再反論としては、目的物が存在しなくても当事者間で合意自体は成立している、当方は架空取引と知らされておらず目的物が存在すると認識していた、物品受領書が発行されている、相手方もそもそも目的物が存在しないことを知っていた以上、同時履行の抗弁権を主張することは信義則に反して許されないといった主張がなされる。 法形式としては売買契約、請負契約、業務委託契約等を採用するが、その実質は不正会計目的や金融目的である。物品受領証等の証憑書類が形式的には存在しているが、実質は目的物が存在しない。循環取引を巡る裁判では“形式と実質が乖離”しており、どちらを重視すべきかという本質的な問題がある。 過去の循環取引の裁判例から共通して言えることは、協力会社の知不知、重過失の有無、信義則の適用範囲が重要な判断要素になるということである。担当者が架空取引であることを知っていたかどうか、単なる介入取引と認識していたかというのは内心の問題なので立証が難しい。結局、どれだけの間接証拠(不自然な書類やメールのやりとりがないか、担当者間で個人的な付合いがあるか、担当者以外の従業員との接触があるか等)と証人尋問による心証形成によって事実認定がなされることになる。通常の企業取引を巡る民事訴訟の場合、契約書その他の書証の解釈のみで裁判官が心証を持つことが多いのに対して、循環取引に関する裁判では取引実態を巡って激しく争われることになる。 |
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10.おわりに | ||||||||
昨年もインデックスというIT企業の循環取引が報道された。一時期に比べれば循環取引に関するニュースは減っているように思われる。しかしながら、その性質上、完全に排除することは困難であり、将来的にも繰り返されるものと思われる。 新興の上場企業であれば、上場廃止や経営陣が刑事責任を問われる重大な事件に発展することになるし、大企業の子会社等で発生した場合も大きなスキャンダルとして扱われ、第三者委員会による調査が必要となったり、場合によっては取引先との訴訟に発展する。監査法人ですら見抜けないことがあるが、業界慣習から循環取引がありうる会社、子会社のノンコア事業や新規事業で急激に売上が伸びている会社等は注意が必要である。内部監査室に介入取引の実態をチェックさせたり、社内セミナーで営業担当者を啓蒙するといった取組みが必要であろう。 一方、中小企業は、大企業の子会社や上場会社との取引であるからと安心したり、担当者と長年の付合いがあるからと言って安易に介入取引に応じてはならない。最初は大した取引金額ではなかったものが、徐々に金額が増加して気付けば会社の存続を左右する紛争に巻き込まれる可能性がある。普段から美味しい話には注意をする、介入取引であっても目的物の確認は毎回必ず行うと言った対応が必要であろう。 |
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【参考資料】 ・「不正会計」宇澤亜弓著(清文社) ・「架空循環取引 法務・会計・税務の実務対応」霞晴久他(清文社) ・「環状取引をめぐる裁判例と問題点」判事補松村一成著(判例タイムズNo.1297) ・「循環取引の法的検討」遠藤元一著(NBL902、903) ・「循環取引の実務対応」遠藤元一著(民事法研究会) |
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以上 |