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成年後見制度と国の責任
弁護士 相内真一
平成26年7月1日更新
1 | 成年後見制度は、民法の一部を改正する法律案、任意後見契約に関する法律、民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律、後見登記等に関する法律という4つの法律をセットにして、2000年4月1日、介護保険法と同時に施行された制度です。その制度趣旨は、概要、判断能力(事理弁識能力)の不十分な者を保護するため、一定の場合に本人の行為能力を制限するとともに本人のために法律行為を行い、または、本人による法律行為を助ける者を選任するということにあります。 介護保険制度が広く利用されていることは周知のとおりですが、成年後見制度も以下に示す通り、申立件数(後見、保佐・補助を含む総数)は増加の一途を辿っています(最高裁 「成年後見関係事件の概況 平成24年1月〜12月」から引用)。 |
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申立件数 | うち、後見開始案件 | |||||||||||||||||||||
平成20年 | 26,459件 | 22,632件 | ||||||||||||||||||||
平成21年 | 27,397件 | 22,983件 | ||||||||||||||||||||
平成22年 | 30,079件 | 24,905件 | ||||||||||||||||||||
平成23年 | 31,402件 | 25,905件 | ||||||||||||||||||||
平成24年 | 34,689件 | 28,472件 | ||||||||||||||||||||
しかしながら、昨今は、後見人による不祥事(成年被後見人の預貯金の横領)も少なからず発生しており、そのことは、成年後見制度に対する不信を招いてしまう由々しき事態です。 本稿では、成年後見人の不祥事があった事案において、国の責任(家庭裁判所家事審判官の職務上の義務違背の有無)が争点になった事案2件(一件は国の責任が認められ、もう一件は国の責任が否定されました)をご紹介し、後見人に対する国の監督責任について考えてみたいと思います。 |
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2 | まず、国の責任を認めたと数少ない案件として、広島高等裁判所平成24年2月20日判決(確定)があります。 この案件は、以下の通り、当初からかなり特殊な案件でした。 |
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以上の経過のもとに、新たに後見人に選任された弁護士が、国に対して、損害賠償請求訴訟を提起しました。 |
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3 | 判決では、従前の後見人を解任したのが横領発覚から7か月も後のことであり、横領行為を阻止したのは新たな後見人が金融機関に対して、従前の後見人が管理していた預金の支払いを停止するように求めたことによるものであることに着目し、担当家事審判官が、放置すれば更なる横領がなされる可能性が高いことを認識しながらそれを防止すべき適切なき監督処分をしなかった(要するに、家事審判官の監督が遅きに失した)ことは国家賠償法1条所定の適用上違法であり、過失があったとして、金231万円の範囲で、原告の請求を認めました。 |
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4 | 他方、大阪地方裁判所堺支部平成25年3月14日判決の事例は次の通りです。 この事案は、成年後見監督人として弁護士が選任されていた事案で、成年後見人に選任されていた被後見人の親族が被後見人の預貯金を横領していました。後見監督人は、文字通り後見人の職務遂行を監督すべき立場にあり、そのために、何時にても後見人に対して後見事務の報告を請求し、財産目録の提出を請求する等して、後見事務の調査、本人の財産状況の調査をして、必要に応じて、家庭裁判所の必要な処分の命令を求める申立てを行い、後見人の解任の申立権限も認められています。 従って、後見監督人の存在は、後見人による適正な後見事務の担保となり、後見人の不祥事に対する大きな防波堤になるはずでした。 ところが、本件では、後見監督人は、裁判所から具体的な指示が無かったことなどを理由に、後見人に対して、上記の権限を用いて各種書類の提出を求めること等を含め、3年5ヶ月の間、一切の調査をしていませんでした。 そして、この間に、後見人による横領行為が行われてしまいました。 従って、この後見監督人が、被後見人本人に対して、賠償の責めを負うことは当然のことです。 問題は、国(裁判所)も、後見人から収支計算書等が提出されていないことに対して、一切、何らの指示も監督もしていなかったことです。 前述の広島高裁の判決では、 『家事審判官が職権で行う成年後見人の選任やその後見監督は、審判の形式をもって行われるものの、その性質は後見的な立場から行う行政作用に類するもの』 であり、 『当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなどの特別事情がある場合に限定されるものではない』と判断しました。 この法理をもってすれば、大阪地裁堺支部の案件でも、国(家事審判官)が「後見的立場からの監督」を十分に行っていなかったという結論になりそうです。 しかし、本件では、国の責任は否定されました。判決では、国(家事審判官)は、後見監督人から後見人の不正行為が疑われるような報告を受けたときに必要な監督権限を行使するものであり、後見監督人から不正行為等に関する格別の報告がなされていないときに、裁判所が能動的に調査等の権限を行使しなかったとしても問題ではない、という理由付で、国の責任を否定しました。そして、国が責任を負うべき場合とは、「当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をしたなどの特別事情がある場合」に限定されるという立場を明示しました。 |
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5 | 以上の通り、後見人の不祥事に対する国(家事審判官)の責任について、二つの判決は異なった立場に立っており、判決結果も異なった内容になりました。 確かに、冒頭に記載しました通り、成年後見案件が急増している中で、裁判所が、「常に、全事件について」「能動的に」権限を行使しなければならないとすれば、「裁判所がパンクしてしまう」ことは明らかであって、そのような職務姿勢を裁判所に求めることは、現実的ではありません。 しかし、翻ってみると、成年後見制度は、判断能力が不十分な人たちを保護し、その福利を図るための制度です。その意味で、家事審判官の職務が「後見的で行政的」であることは、間違いありません。 大阪地裁堺支部の事案では、せっかく後見監督人が選任されていたのに、監督人は全く活動をしていなかったということが明らかになっています。しかも、後見人から裁判所に対して定期的に提出されるべき財産状況の報告書や収支計算書は全く提出されていませんでした。従って、家事審判官としては、少なくとも、後見監督人に対して、監督人として有する調査権限を行使して、後見人に関係書類を提出させるように指導したり、監督人自ら適切な調査を行うように指示監督すべきでした。その意味で、国(家事審判官)が、「後見的立場」からの監督を遺漏なく行っていたとは言い難い事案であることは明らかです。 後見監督人として弁護士を選任しているから、監督人がちゃんとやってくれるはずである、という裁判所から弁護士への期待があることは当然でしょう。本件の弁護士たる監督人がその期待に添えなかったということは、極めて遺憾なことであり、到底弁解の余地はありません。 しかし、裁判所が選任した監督人が十分に監督機能を果たしていない兆候があれば、裁判所がそれを監督する最後の砦になります。又、適切な監督権限を行使する能力のない弁護士を監督人に選任してしまったという面では、発生してしまった損害に対して、裁判所(国)も、責任の一端を負うべき立場にあると評価できるでしょう。 そもそも、裁判制度は、三審制度をとっていること自体、人智や人間の能力に対して全幅の信頼を常に置くことが出来るわけではない、ということを前提としているはずです。 してみれば、家事審判官の職務の後見性を強調する広島高裁の見解をもって、適正とすべきであると考えます。 |
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以上 |