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クリネックススタジアム宮城球場 ファールボール直撃事件

弁護士 相内真一

平成23年10月20日更新

 野球場で試合観戦中にファールボールの直撃を受けて重傷を負い、後遺症が残った事案について、本年2月24日に地裁判決が、10月14日に高裁判決が言い渡されました。前例がない事件ですので、ご紹介します。

1 (事案の概要) 
   平成20年5月18日、原告は標記球場の3塁側内野席で観戦中、顔面にファールボールの直撃を受け、右の眼球破裂等の重傷を負い、治療を続けたものの、矯正後視力は0.03にとどまった。なお、事故当時、試合はインプレー中で、原告は、球場のビール販売員を呼び止めて紙コップ入りビールを購入し、座席のコップホルダーに紙コップを置いて(この間、原告の視線はボールの行方から離れていたようである)、顔を上げた瞬間にファールボールの直撃を受けた。現場においては応急措置が行われ、その後、原告は救急車で搬送された。
 原告は、球場所有者と球団に対して、不法行為等に基づいて損害賠償請求訴訟を提起した(請求額 4421万円余)。尚、被告らから50万円程度の見舞金が原告に支払われているとの報道もある。

2 (原告の主な主張)  
@  本球場のバックネットやフェンスは、バッターボックス付近から三塁側観客席に直線的に飛んでくるファールボールに対してしか対応しておらず、スライスして曲がって飛んでくるファールボールについては計算分析がなされておらず、そのようなボールには対応していない。
 A  チケット裏面の注意文言(ファールボール等で負傷した場合、応急措置は致しますが、その後の責任は負いません。十分ご注意ください)の記載、注意喚起を促す看板の設置、画像放映、場内アナウンス及び警笛の鳴動等は、抽象的危険性を告げるものにすぎず、観客が警笛等を聞いてから回避行動をとっても間に合うような危険であればともかく、そうでない危険については、バックネットや内野席フェンス等の安全設備によって本来的に危険が回避されなければならない。
B  他の球場と比較して平均的な高さの内野席フェンス等をしていたとしても、アクリル板などの素材を用いて視認性と安全性を両立させている球場もあり、他球場との比較は意味がない。
C  試合の興業主たる被告には、観客の生命身体の安全を確保する義務と、予見される危険の回避義務がある。
D  しかし、本球場には、通常予見される危険を防止するに足りる安全設備は設置されていなかった。従って、本球場には「瑕疵」があり、また、結果予見・結果回避義務を怠ったことで過失があり、被告らは不法行為責任を負う。

3 (被告らの主な主張)  
@  財団法人日本体育協会の「指針」では、内野席フェンスの高さは3m程度が基準とされている。野球場のフェンスについて、これ以外の法令その他な具体的規制はない。
A  他球場の平均的な内野フェンスの高さは4.59mであり、本球場の内野フェンスの高さは、4.29乃至4.79mである。臨場感を味わいたいという観客の希望に応じるため、全観客席をネットで覆う構造にはなっていない。
B  チケット裏面の注意文言(ファールボール等で負傷した場合、応急措置は致しますが、その後の責任は負いません。十分ご注意ください)の記載、注意喚起を促す看板の設置、画像放映、場内アナウンス及び警笛の鳴動等の安全対策を講じている。
C  観戦する観客は、ファールボールの危険性を誰もが予見可能である。
D  ファールボールが観客に当たる危険について適切な防止措置を講ずることによって、球場が通常備えるべき安全性を有していれば、瑕疵も過失はない。
E  本球場の設備等から見て、「瑕疵」は無く、被告らには「過失」も無い。

4 (裁判所の判断)  
   原審地裁は、原告の請求をすべて棄却し、控訴審高裁も、同様の判断を示しました。その理由の概要は次の通りです。
@  バッターの打つ打球の方向や速度は予測困難であり、ファールボールの危険をできる限り防止すべく、一定の安全設備を設ける必要がある。
A  野球では、選手はもちろん観客に対しても、本質的に一定の危険性が内在している。そして、この危険性を回避するためには、球場に設置された安全設備を前提としつつ、観客の側にも相応の注意をすることが求められる。 
B  観客にとって臨場感も無視することのできない観戦の本質的要素と言えるのであって、必要以上に過剰な安全設備を設けることは、観戦の魅力を減殺させ、ひいては、プロ野球の発展を阻害することもなりかねない。
C  球場の「瑕疵の有無」については、
   観客の安全の確保、 観客側に求められる注意の程度、
   プロ野球観戦の本質的要素である臨場感の確保
という諸要素の調和の見地から検討する必要がある。
D  本球場の内野席フェンスは、他の球場と比較して平均的な高さを保っており、通常想定されるライナー性の打球を防ぐために十分な高さであって、プロ野球の球場に求められている社会通念上の安全性を備えている。
E  チケット裏面の注意文言(ファールボール等で負傷した場合、応急措置は致しますが、その後の責任は負いません。十分ご注意ください)の記載、注意喚起を促す看板の設置、画像放映、場内アナウンス及び警笛の鳴動等の対策は、内野席フェンスによる安全対策を補うものとして有用で合理的な措置である。
F 本球場では、できるだけ細かいフェンスやネットを使用していたところ、過去、視線障害についての苦情があり、それを理由とした年間購入席の解約、購入席の移動等、ネガティブな反響があった。
G  本訴訟において、被告らはチケット裏面の文言による免責は主張していないので、消費者契約法の問題は無い。
H  本球場には「瑕疵」は無く、被告らに「過失」は無い。

5 (当職の意見)  
 理論的にも現実的にも、明快な判示ですが、原告に対しては、まことにお気の毒な事件というしか言葉がありません。
しかし、この種の事故に対しては、別途、損害保険の付保等による補償も考えられるところです。例えば、海外で、全く経験のない日本人もスカイダイビングを楽しむことができます。しかし、飛び立つ前に、保険加入が不可欠であり、万一の場合には、それによって補償が受けられることになっています。野球観戦に際して、そのような補償を事前に考えて付保の手続きをとるということは誠に仰々しいとも言えますが、全観客席をネットで覆わない限り、ボール直撃事故を防止することはできません。
 最近、「被害者保護」を強調する傾向のある判決例の中で、「観客にも相応の注意」と言う言葉で、ある意味でのバランスを考えた判決例として、ご紹介します。しかし、現実問題として、被害者側としては、判決には納得していないことも明らかでしょう。
                                                                    

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