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建物の建築に携わる設計・施工業者が不法行為責任を負うことに関する判断基準について
(最高裁平成23年7月21日判決)

弁護士 水口哲也

平成23年10月14日更新

 建物の建築に携わる設計・施工業者が不法行為責任を負うことがあるか,あるとして如何なる場合かという議論は,古くから争われてきたところですが,今般,最高裁がその判断基準を示しましたので,その判決を紹介いたします。

第1 前提
 建物に欠陥・不具合が存在した場合に,建物の所有者が法的に争う方法としては,建物を購入したものであれば,売主に対して,瑕疵担保責任を追及して,契約の解除又は損害賠償請求をする,建物が建築されたものであれば,施工業者に対して,瑕疵担保責任を追及して契約の解除又は損害賠償請求をする,というのが一般的な方法です。
 しかし,住宅の建築を注文した場合と異なり,建売住宅・中古住宅を購入した場合には,購入者は売主に対して,瑕疵担保責任に基づく解除及び損害賠償請求をすることができますが,設計・施工業者に対して瑕疵担保責任を追及することはできません。
 そして,売主に資力がない場合には,購入者としても,売主に瑕疵担保責任を追及しても無意味ですので,設計・施工業者に対する不法行為責任を追及する必要が出てきます。
 以上のように,物件の売主に対して瑕疵担保責任による請求をしても代金の回収ができない場合に,建物の欠陥・不具合に関して,建物の建築に携わる設計・施工業者に対する不法行為責任の追及の可否が大いに問題になってきます。
 そのため,建物の欠陥・不具合に関し,設計・施工業者が不法行為責任を負うか否かという問題が長年に亘って議論されてきました。

第2 問題の所在
1 平成19年判決について
   この点に関し,実は,平成19年に,注目すべき最高裁判決(最高裁平成19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁。以下,「平成19年判決」といいます。)が下されていました。

 (1)平成19年判決の事案  
     平成19年判決は,9階建ての共同住宅・店舗として建築された建物を建築主から,AとXが共同で購入し,その後,Aが死亡したため,Aの財産を相続したXが,施工業者及び設計・監理業者に対して,ひび割れ,鉄筋の耐力低下等の欠陥・不具合があるとして,不法行為に基づく損害賠償請求を行ったという事案です。なお,上記建物は競売され,Xは所有権を失っています。

 (2)平成19年判決の判示事項   
     上記事案において,平成19年判決は,「建物の建築に携わる設計・施工者等は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきであって,このことは居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない」と判示し,設計・施工業者が建物の欠陥・不具合に関して,不法行為責任を負う場合があることを認め,その場合に該当するか否かを再度審理させるために,福岡高裁に差し戻しました。

 平成19年判決が不法行為責任を認めるために設定した要件をまとめると,以下の通りになります。

 (@) 設計・施工業者等に建物の基本的安全性が欠けることのないよう配慮するべき義務の違反があること
 (A) (@)により建築された建物に建物の基本的安全性を損なう瑕疵が存在すること
 (B) (A)により居住者等の生命,身体又は財産が侵害されたこと
 (C) (@)瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がないこと
 
 平成19年判決は,以上の4要件を満たした場合には,設計・施工業者の不法行為責任が認められるとしたのです。

2 平成19年判決においても明らかになっていない点   
    平成19年判決は,実務上,非常に重要な判決であることは間違いありませんが,同判決においても,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」とは何か,という肝心な部分が必ずしも明確になったわけではありません。そのため,平成19年判決以降も,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」の意義を巡って争われてきました。

第3 平成23年判決   
 平成19年判決の差戻審である福岡高裁(福岡高裁平成19年(ネ)第576号損害賠償請求控訴事件)が不法行為責任を認めませんでした。同事件が上告され,今般,最高裁は,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」に関して,具体的な判断基準を示しました。
 それが,最初に述べた最高裁平成23年7月21日判決(平21年(受)第1019号。以下,「平成23年判決」といいます。)です。
   
1 平成23年判決の要旨
   平成23年判決の要旨は,以下のとおりです。
 「建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵とは,居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をいい,建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合には,当該瑕疵は,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当すると解するのが相当である。
 以上の観点からすると,当該瑕疵を放置した場合に,鉄筋の腐食,劣化,コンクリートの耐力低下等を引き起こし,ひいては建物の全部又は一部の倒壊等に至る建物の構造耐力に関わる瑕疵はもとより,建物の構造耐力に関わらない瑕疵であっても,これを放置した場合に,例えば,外壁が剥落して通行人の上に落下したり,開口部,ベランダ,階段等の瑕疵により建物の利用者が転落したりするなどして人身被害につながる危険があるときや,漏水,有害物質の発生等により建物の利用者の健康や財産が損なわれる危険があるときには,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵に該当するが,建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵は,これに該当しないものというべきである。」
 「そして,建物の所有者は,自らが取得した建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,第1次上告審判決にいう特段の事情がない限り,設計・施工者等に対し,当該瑕疵の修補費用相当額の損害賠償を請求することができるものと解され」る。
 
2 平成23年判決の示すところ   
   平成23年判決は,一言でいえば,建物の欠陥・不具合に関する不法行為責任を広く認めたものと考えられます。

 (1)(A)「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」について
     平成19年判決の時点では,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」は,せいぜい建物の構造耐力に関わる不具合に限定されるのではないかという見方が多かったと思います。また,平成19年判決の要件(B)「(A)により居住者等の生命,身体又は財産が侵害されたこと」があることから,「瑕疵」についても,現実的危険性が必要だという議論もありました。現に,平成23年判決の原審の福岡高裁でも,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」には,現実的危険性が必要とし,漏水は「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」には該当しないという判断でした。

 ところが,平成23年判決は,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」につき,「居住者等の生命,身体又は財産を危険にさらすような瑕疵をい」うとしたうえで,「建物の瑕疵が,居住者等の生命,身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合に限らず,当該瑕疵の性質に鑑み,これを放置するといずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合」も含むとし,建物の構造耐力に関わる欠陥だけではなく,漏水や外壁のめくり等の欠陥・不具合(もちろん,その程度にもよります)ですら,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」に当り得るとしました。

 つまり,平成23年判決は,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」につき,その欠陥・不具合の現時点での危険性の程度については,かなり緩やかに判断し,対象となる欠陥・不具合についても,人体や財産に危険性を与える可能性のある欠陥・不具合であれば,建物の構造との関係では特に限定を加えず,広く認めているのです。

 (2)平成23年判決の意義と要点   
     平成23年判決が具体例として挙げている,建物の構造耐力に関わる瑕疵,外壁の剥落,開口部,ベランダ,階段等の瑕疵により建物の利用者が転落や人身被害につながる危険のあるもの,漏水,有害物質の発生等の欠陥・不具合については,「建物の基本的安全性を損なう瑕疵」に該当することになりましたので,そのような欠陥・不具合のある建物を建築した場合には,不法行為責任が認められる可能性が高いということです。
 建物の欠陥・不具合が「居住者等の生命・身体・財産を危険にさらすような瑕疵」とまでいえるのか,それとも「建物の美観や居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまる瑕疵」の程度に止まるのかが,不法行為責任成立の分水嶺になってくると考えられます。

 以上が平成23年判決の要点ということになります。

第4 クライアントの皆さまへ   
1 消費者の皆さまへ   
   まず,不幸にして欠陥住宅を購入してしまった方に申し上げたいことは,今回の判決により,被害者救済の道が大いに広がったことです。そのため,住居の欠陥・不具合を発見された場合には,早期に専門家に相談されることをお勧めします。欠陥・不具合の存在に気付いてから3年以内に請求等を行わなければ,結局,消滅時効にかかってしまうことには注意が必要です(民法724条)。

2 設計・施工業を営んでいる皆さまへ   
   他方で,設計・施工業を営んでいる皆様に対して申し上げたいことは,建築業法を中心とした関連法規のより一層の遵守を心がけていただきたいということです。平成19年判決及び平成23年判決により,自社で建築された建物に関し,万が一,手抜工事等によって欠陥・不具合が生じてしまった場合に,損害賠償責任を負うリスクの生じる対象及びその期間が広がったということになります。
 また,平成19年判決及び平成23年判決の事案においては,建物の所有者に対する不法行為責任の問題になりましたが,建物の欠陥・不具合により,第三者の生命・身体を侵害してしまうケースの方がより深刻な問題となってきます(平成19年判決及び平成23年判決の論理を進めれば,当然,建物の欠陥・不具合を生じさせた建築業者は上記場合にも不法行為責任を負うことになります。)。
 そのようなリスクを負わないためには,今後は,これまで以上にコンプライアンスを徹底し,また,不幸にして欠陥や不具合が生じてしまった場合でも,早期に補修工事を行うことが非常に重要になってくることになると思います。
以上  
                                                                    

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