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賃貸住居内で自殺があった場合と賃借人の損害賠償責任について

弁護士  寺中良樹

平成23年9月15日更新

 最近、当事務所の顧問先であるマンション管理会社から、「管理しているマンションで、賃借人の同居人が自殺し、賃借人も退去することになった。賃借人に対して、損害賠償を求めることができるのか。」という相談がありました。
 インターネットを探ってみますと、自殺があった不動産の売買については、いろいろと情報があるのですが、賃貸については、どうもあいまいな情報が多いように思えます。たしかに、このような問題は個別事情によって異なるものであり、一概に結論を出せない部分も多いのですが、私なりの主観的意見を交えながら、少し整理したいと思います。
   
 この問題について、近時、2つの裁判例(@東京地裁平成19年8月10日判決、A東京地裁平成22年9月2日判決)があり、その結論は同じです。それは、
 ・  賃借人の相続人や、連帯保証人は、賃借人の自殺によって賃貸人が被った損害を賠償する責任を負う。
 ・  損害賠償の範囲は、現状回復費用のほか、向こう1年間の賃料の全額、及びその後2年間の賃料の半額に相当する部分である。
というものです。  
 
 まず、この問題を考えるための前提として、賃貸人は、賃貸物件で自殺があったことについて、賃貸借の際に、説明する義務があると解されています。通常、当該物件で近時に自殺があった場合、その物件で住むことに心理的な嫌悪感がありますので、そのような事情は、宅地建物取引業法47条1条ニの、「相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」に該当するからです(ただし、裁判例@では、当該物件では、自殺があった後の最初の賃借人には告知義務があるが、その後の賃借人には、特段の事情がない限り、告知義務はないとしています)。
 そうすると、必然的に、貸すことが難しくなったり、賃料を下げる必要が出てくることになり、賃貸人に損害が生じます。
 両裁判例は、このような損害を、賃借人の責任に帰するべきものとしました。賃借人は、賃貸目的物の引渡しを受けてからこれを返還するまでの間、賃貸目的物を善良な管理者と同様の注意義務をもって使用収益する義務があります(民法400条。これを、善管注意義務といいます)。賃借目的物内で自殺しない(させない)ようにすることも、賃借人の善管注意義務に含まれるとしたのです。
 このような結論については、それほど異論があるところではないでしょう。
   
 なお、裁判例Aは、賃借人本人ではなく、賃借人が(賃貸人に無断で)第三者にまた貸ししており、その者が自殺した案件ですが、賃借人の責任を認めています。これに対して、会社が社宅として借り上げていた物件で、居住していた従業員が自殺した事案について、会社の責任を否定した裁判例(東京地裁平成16年11月10日判決)があるのですが、この裁判例は、賃借物件そのものが元々取り壊される予定であり、実際に取り壊しが実行されているという事実が、考慮されているようです。売買の場合でも、建物を取り壊すことを前提とする土地建物の売買であって、実際に建物が取り壊されている場合に、目的物の瑕疵に当たらないとした裁判例があります(大阪地裁平成11年2月18日判決)。理論的には、居住者である従業員は、賃貸人である会社の占有補助者ですので、従業員の責任は会社の責任と同視できるものであり、会社は、特段の事情がない限り、従業員の自殺の責任を免れないと考える方が、自然ではないかと思われます。
   
 さて問題は、具体的にどの範囲が、損害賠償の対象となるか、ということです。
 この点、両裁判例は、
 ・ 自殺があった物件は、通常、1年くらいは借り手が見つからない。
 ・ その後も、2年程度は、相場の半額程度でしか貸すことができない。
と判断しており、どうして「2年」なのかについては、「この種の物件の契約の一単位が、通常2年であるから」との趣旨を述べています。
 この点、注意しておきたいのは、双方の裁判例ともに、問題の物件が都会の単身者向けマンションであったことです(裁判例Aでは明言されていませんが、東京都内で家賃6万円ということですので、おそらく単身者用でしょう)。そのような物件は、入居者の入れ替わりも早いため、契約の一単位である2年で入居者が入れ替わると考えても不合理ではなく、また前述のように「次の次の入居者」には原則として説明義務はないため、その後は損害と評価できるものがなくなる、という判断があったものと思われます。
 単身者向けマンションだと2年で入れ替わりがあるか?と言いますと、実際には疑問もあります(私の感覚では、もう少し長いのではないかと思います)が、その点に関する根拠資料がない以上、契約単位で判断をすることは、裁判の結論としては合理的ではないかと思います。ただし、このような判断を前提としますと、賃貸物件が単身者向けではなくファミリー用であった場合などは、損害賠償の範囲はもう少し大きくなるのではないかと思います。
   
 また、賃貸物件が住居ではなく、オフィスや工場であった場合は、どうでしょうか。このような裁判例は見当たりませんでしたが、住居での自殺に比べると、賃借人の「心理的な嫌悪感」は少ないと思われること、またオフィスや工場など、ある程度多数の人が出入りすることが予定されている場所で、「自殺させないように注意する」ことには困難な点もあるのではないかと思われることからすると、そもそも、このような場合に損害賠償責任が認められるか否か、微妙です。また、仮にこれが認められたとしても、損害の範囲は住居の場合よりも相当に狭くなるのではないかと思います。 
 
 とにもかくにも、自殺というものは、どこでどのようにやっても、遺された人にとんでもない迷惑をかける行為である、ということは、間違いありません。
                                                                            

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