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経営判断と取締役の善管注意義務 〜アパマンショップ株主代表訴訟最高判決について〜
弁護士 村上智裕
平成22年12月24日更新
取締役には、会社に対し、善管注意義務をもって職務を行わなければならない義務があり、このことは経営判断を行うにあたっても同様です。取締役は、注意を尽くして経営にあたらなければなりません。
では、具体的に、経営判断における善管注意義務とは何なのでしょう。
企業の経営に関する判断は、不確実かつ流動的で複雑多様な諸要素を対象にした専門的、予測的、政策的な判断能力を必要とする総合的判断です。
したがって、その裁量の幅は広いものでなければならず、取締役の経営判断が結果的に会社に損失を与えたとしてもそれだけで取締役が必要な注意を行ったと断定することはできません。会社は、株主総会で選任された取締役がその権限の範囲内で会社のために最良であると判断した場合には、基本的にはその判断を尊重して結果を受容すべきであり、このように考えることによって初めて取締役を萎縮させることなく経営に専念させることができるのであり、その結果、会社は利益を得ることが期待できるのです。
このような経営判断の性質に照らすと、取締役の経営判断の当否が問題となった場合、取締役であればそのときどのような経営判断をすべきであったかどうかをまず考えたうえ、これとの対比によって実際に行われた取締役の判断の当否を決定することは相当ではありません。その手法によった場合、結果がわかっている以上、どうしても後付けの判断によって結果責任を認める方向に傾いてしまいます。
実際に行われた取締役の経営判断そのものを対象として、その前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったかどうか、また、その事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかどうかという観点から審査を行うべき、とするのが、将来の予測に関することで、かつ、専門的・政策的な判断の是非を問う姿勢として正しいというべきでしょう。
こういった、経営の専門性・多様性を認め、エージェンシーコストを認める考え方、すなわち、取締役に広範な経営の裁量権を認める考え方を「経営判断の原則」といいます。
そして、今般、最高裁はこの経営判断における善管注意義務が問題となった事案について、今後の「経営判断の原則」のあり方、捉え方に影響を与える、注目すべき判断を示しました。平成22年7月15日のアパマンショップ株主代表訴訟判決です。この判決で、最高裁は、取締役らに会社に対する善管注意義務違反を認めていた原審判決を破棄し、善管注意義務違反はないと自判しました。
アパマンショップ株主代表訴訟は、事業再編計画の一貫として行われる子会社の株式買取りのための価格設定における取締役の善管注意義務違反が問題となった事案です。以下は判決の引用です。
「本件取引は、ASMをASLに合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるという参加人のグループの事業再編計画の一貫として、ASMを参加人の完全子会社とする目的で行われたものであるところ、このような事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、参加人の財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。」
「以上の見地からすると、参加人がASMの株式を任意の合意に基づいて買い取ることは、円滑に株式取得を進める方法として合理性があるというべきであるし、その買取価格についても、ASMの設立から5年が経過しているにすぎないことからすれば、払込金額である5万円を基準とすることには、一般的にみて相応の合理性がないわけではなく、参加人以外のASMの株主には参加人が事業の遂行上重要であると考えていた加盟店等が含まれており、買取りを円滑に進めてそれらの加盟店等との友好関係を維持することが今後における参加人及びその傘下のグループ企業各社の事業遂行のために有益であったことや、非上場株式であるASMの株式の評価額には相当の幅があり、事業再編の効果によるASMの企業価値の増加も期待できたことからすれば、株式交換に備えて算定されたASMの株式の評価額や実際の交換比率が前記のようなものであったとしても、買取価格を一株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとは言い難い。そして、本件決定に至る過程においては、参加人及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され、弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって、その決定過程にも何ら不合理な点は見当たらない。」
この判旨は、それ自体としては、経営判断の原則に新たなルールを示したものとまでは言えません。しかし、経営判断における善管注意義務の判断に対し、最高裁が、裁判所の吟味・介入について抑制的な態度をとった意義は重要です。
この最高裁判決に対しては、「原審判決に従えば、リスクをとる経営を行うことが難しくなり、経営判断が過度に萎縮させられ、わが国の経営者による経営判断の裁量の範囲が著しく制約されてしまうところであった。本判決は、最上級審としてわが国の経営判断のあるべき方向を明確に示したものであり、わが国の経営判断の原則の展開において重要な意義を有するものである」旨の中央大学法科大学院教授落合誠一教授の評価があり、まさにそのとおりではないかと考えます。