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交通事故−損害賠償請求と人身傷害補償特約(具体的検討)

弁護士  天野雄介

平成22年11月15日更新


具体例
 被害者(X) 加害者(Y) 人身傷害補償保険の保険会社(A)
 裁判所の認定する総損害額 1億5000万円
 過失相殺(Xの過失) 30%
 人身傷害補償保険の支払可能額(付保限度額) 7000万円
 人身傷害補償保険の基準により算定される総損害額 1億1000万円

(絶対説)
 絶対説とは簡単に言えば、保険会社優先説です。
 例えば、XがAから先に支払を受けようとすれば、人身傷害補償保険の基準によれば1億1000万円が総損害額ですが、限度額が7000万円のため、7000万円が支払われます。
 そして、その後にXはYに人身傷害補償保険で補償されなかった(1億5000万円から7000万円を控除した)8000万円の支払を求め、AもYに対してXに支払った7000万円の求償を求めることになった場合、裁判所の認定額は、Aについては全額の7000万円、Xについては1億5000万円から3割過失相殺し(1億500万円)、さらにAから受領済みの7000万円を控除し、3500万円ということになります。
 保険会社が支払った分については全額求償できるという意味で「絶対」説となります。

(差額説)
 差額説とは、先ほどと逆に、保険会社は差額しか請求できないという意味であり、被害者優先説です。
 この説の中でも裁判所の認定する総損害額のうち過失相殺される部分から充当していく見解(訴訟基準差額説)と人傷基準により算定される損害額のうち過失相殺される比率に応じた部分から充当していくという見解(人傷基準差額説)があります。
 訴訟基準差額説によると、先程の例でいくと、XはAから7000万円支払を受けた後、Yからも8000万円の支払いを受けることができますが、他方、AはYからは、1億500万円から支払済みの8000万円を控除した2500万円の支払いしか受けられず、差し引き4500万円(全損害の過失相殺分)を自社で持ち出すことになります。
 人傷基準差額説によると、XはAから7000万円支払を受けた後、Yからは人傷基準により算定された損害額1億1000万円との差額、4000万円の支払を受けられるに過ぎず、AはYから1億500万円と4000万円の差額6500万円の支払いを受けることができ、7000万円との差額500万円のみをAが持ち出しということになります。

(比例説)
 比例説は、被害者と保険会社の利益を折衷的に解決する説です。
 保険会社の代位の範囲を加害者の過失に応じた部分に限定します。
 この説の中でも、実際に支払った保険金(7000万円)を按分する見解(保険金額比例説)と人傷基準に基づく算定損害額(1億1000万円)をもとに按分し、按分された被害者側過失割合に相当する部分を超える限度で保険代位が生じるとする見解(人傷基準比例説)があります。
 保険金額比例説によると、保険会社は支払った7000万円の内、加害者の過失割合である70%、4900万円について代位できます。
 その結果、XがYに請求できる金額は1億500万円から4900万円を控除した5600万円ということになります。
 Aの持ち出しは7000万円の内、被害者の過失分2100万円となります。
 人傷基準比例説によると、人傷基準に基づく算定損害額(1億1000万円)の内、Xの過失割合は30%、3300万円ですので、AがXに支払った7000万円からこの3300万円を控除し、代位できるのは3700万円とし、Aは3300万円を持ち出しということになります。それに対し、XはYに1億500万円から3700万円を控除した6800万円の支払を受けることができます。

各説の比較検討
Xの最終的な受領額  Aの持ち出し額
   絶対説  1億 500万円   0円
   差額説    
     訴訟基準差額説  1億5000万円   4500万円
     人傷基準差額説  1億1000万円   500万円
   比例説    
     保険金額比例説  1億2600万円   2100万円
     人傷基準比例説  1億3800万円   3300万円

法的な対応について
 前回指摘しましたように、どの説を採用するかは、判例上も保険会社の運用上も定まっていないものと思われます(逆に先にどちらに請求するかで採用する説が変わる混合説などもあり、その場合は請求の順序によって金額が変わってしまうことにもなります)。
 その結果、Yに対して裁判を行い、Yから1億500万円を受領し、その後にAに人傷保険を請求しても、Aは自分に有利な絶対説を主張して、支払を拒まれ、その結果、再度Aに対して裁判を余儀なくされる可能性があります。
 とすれば、このような事案(人傷保険があり、過失相殺が主張される事案)では、まず、A社から7000万円の支払いを受け、その後にYに対して訴訟提起し、差額(被害者に一番有利な訴訟基準差額説によって8000万円)を請求すると共に、訴訟告知などの方法によりAにもその訴訟に参加させ、三面訴訟にして、一挙に解決するという方法が適切です。

(損害賠償額算定基準 平成22年版 下巻 123ページ以下参考)


 

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