ホーム > リーガルトピックス > 平成22年 >インターネットの個人利用者による表現行為と名誉毀損罪の成否
インターネットの個人利用者による表現行為と名誉毀損罪の成否
弁護士 寺中良樹
平成22年9月16日更新
少し古い話になりますが、平成22年3月10日に、インターネットの個人利用者による表現行為と名誉毀損罪の成否について、最高裁判決が出ました。この事件は、インターネット上では一時期、話題になった事件ですので、その結論に興味を持っていた方もおられるかも知れませんが、法律的にも興味ある論点を含んでいます。
この事件は、インターネットに他者の活動について批判的な言論をアップロードした行為について、名誉毀損罪が成立するか否かが問題になった、刑事事件です。問題となった被告人の行為は、「A」という団体を右翼系カルト集団であるとして、インターネットにウェブサイト「A観察会」を開設し、そのウェブサイト上で、「インチキFC●●(筆者注・被告人が、Aが実質的に関与しているとしているラーメンチェーン店)粉砕!」「貴方が『●●』で食事をすると,飲食代の4〜5%がカルト集団の収入になります。」などと書いたコンテンツをアップロードしたというものです。
名誉毀損罪は、刑法230条に定められているとおり、人の名誉を公然と毀損(社会的な評価を貶めること)した場合に成立します(その内容が真実であっても名誉毀損となります)。本件の場合は、これに該当することは争いようもありません。
しかし、表現の自由の保護のために、名誉毀損行為であっても、
@ 公共の利害に関する事実であり、
A 専ら公益を図る目的であり、
B-1 その内容が真実であることの証明があった場合は、名誉毀損罪は成立しないこととなっています(刑法230条の2)。また、
B-2 その内容が真実でなくとも、相当な資料、根拠に基づき真実と誤信した場合は、故意が阻却されるため、結論として無罪となり
ます(最大判昭44.6.25刑集23巻7号975頁「夕刊和歌山時事事件」参照)。
そこで被告人側は、本件ではこれらの要件に該当するとして、被告人が無罪であると争いました。
この事件について、第一審の東京地方裁判所平成20年2月29日判決は、被告人の行為について上記の要件には該当しないとしつつも、個人利用者がインターネットを使って名誉毀損的表現に及んだ場合には,
第1に,被害者に対して反論を行うことを要求しても不当とはいえない状況があり,
第2に,当該表現行為が公共の利害に関する事実に係るものであって,かつ,発信者が主として公益を図る目的のもとに当該表現行為に及んだものであり,
第3に,発信者が摘示した事実が真実であると誤信して発信したものであり,第4に,発信者がインターネットの個人利用者に対して要求される程度の情報収集をした上で当該表現行為に及んだと認められるときには,発信者に名誉毀損の罪責を問うことはできない旨を判示し、結論として被告人を無罪としました。
この判決は、インターネット上の言論は、被害者が直接反論をアップロードすることによって打ち消すことができる(可能性がある)ことや、個人利用者がインターネット上で発信した情報の信頼性は一般的に低いものと受けとめられていることに注目したものですが、これまでにリアルワールドで通用していた最高裁判決を修正するものです。一般的に、最高裁の判例を下級審の裁判所が修正することは珍しいことですので、この判決が話題となりました。
ところが、この判決に対して検察側が控訴したところ、控訴審の東京高等裁判所平成21年1月30日判決では、逆転有罪の判決となりました。控訴審判決は、第一審の判決に対して、加害書き込みが特定できなかったり、いわゆるお祭り状況を恐れて反論しずらい場合がある、そもそもインターネットだからといって信頼性が一般的に低いとは言えないという点を重視しました。
この控訴審判決に対して、被告人側が上告したものが、本件です。
最高裁判決自体は、簡単なものですが、結論として、第一審の判断を斥け、控訴審判決を支持して被告人側の上告を棄却しました。
さて、この最高裁判決によると、インターネットだからといってリアルワールドよりも「書いて許される」範囲が広くなるわけではありません。また、現在の裁判例を見ると、「相当な資料、根拠」の要件のハードルは、かなり高いものがあります(「相当な根拠」ありと認められたものは、未確定の刑事第1審判決に基づいたという事案(最判平成11年10月26日民集53巻7号1313頁)程度です)。したがって、現状では、インターネット上の個人の書き込みと言えども、かなり慎重にはしなければならないと言えます。書き込みが真実であることが証明できないと、名誉毀損になる可能性は非常に高いと言えそうです。
また、民事的な不法行為の成立要件についても、通常、刑事上の名誉毀損罪のそれと同じ議論がされています(最判昭和41年6月23日民集20巻5号1118頁参照)。名誉毀損的な書き込みをされた側としては、書き込まれた事実が真実でない限り、積極的に損害賠償請求を行う余地があると言えそうです(もっともこれは、書き込みを行った人物が特定されれば、の話ですが)。