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役員の退職(退任)慰労金引当金の開示について

弁護士 相内真一

令和6年5月1日更新

第1 役員の報酬等に関する会社法の定め
   会社法361条は「取締役の報酬、賞与その他職務執行の対価として株式会社から受ける財産的利益を「報酬等」という」と定めています(定義規定です)。現実に支給される退職(退任)慰労金(以下、「慰労金」と謂います)も、これに含まれることに争いはありません。
 しかし、後に述べる「事業報告に記載される、役員の慰労金の引当」が会社法第361条に定める「報酬等」に含まれるものとして扱われるべきか、会社法上、明文規定はありません。

第2 事業報告における役員報酬等の取扱いについて 
   株式会社は、「各事業年度に係る・・・・・事業報告並びにそれらの付属明細書を作成しなければならない」と法定されています(会社法第435条2号)。
 事業報告とは、「一定の事業年度中における会社または会社及びその子会社から成る企業集団の事業の概要を記載した報告書」とされています(伊藤真 会社法第2版 595頁等)。
 「貸借対照表や損益計算書等の数値的な情報だけでは表せない会社の概要などが記載され、計算書類を補足するような約割を担っている」等と説明されることもあります。
 公開会社では、会社法施行規則第119条で、事業報告の内容に含めなければならない事項が定められていて、その中に「株式会社の会社役員に関する事項」があります(同規則第119条第3号)。そして、そして、この「株式会社の会社役員に関する事項」については、同規則第121条で詳細に定められていて、同規則第4号、第5号では、「事業報告の内容とすべき会社
役員の報酬等」が定められています。
 同規則にいう「報酬等」とは、「会社役員に対して支払われた報酬その他の職務執行の対価である財産的給付」であって、業績連動報酬、非金銭報酬も含まれます。役員の退職慰労金も、原則として、この「報酬等」に含まれることに争いはありません。
 ただ、以下のように区分して考える必要があります。

 1  事業報告が提出される定時株主総会において退任予定の役員の慰労金額が客観的に特定されていれば、当該慰労金は、当該事業年度に係る「会社役員の報酬等」とすると解釈されています(同規則第121条第4号)。
 しかし、現実の退任が決まっていても、慰労金額が特定されていないときは、現実の支給年度または支給する見込み額が明らかになった事業年度の事業報告で明示することになります(同規則第121条第5項)。 
 2   会社によっては、事業報告における会社社役員の報酬等の開示に際して、各事業年度毎に退職(退任)慰労金の引当を積んでいることがあります。役員在任期間に応じて、慰労金額の計算方法が確定されているものの、当面は退任予定がない場合」に見受けられる記載です。
 このケースは、同規則第121条が予定していません。従って、会社法または会社法施行規則上、事業報告の内容とする義務はないようです。
 3   ただ、過去に定められた慰労金額計算方法が、現時点の会社の状況からみて適切なものであるのか否かは、株主の意思決定にとって重要な意味があるという考え方もあります。
 事業報告に前記の「引当」を記載している趣旨は、その意味で株主に対する重要な事実の開示と位置付けることができます。特に、大企業で、代表取締役等の在任期間が長く、且つ、計算基礎となる年額報酬型が多額に上る場合、引当をしておかないと,退任時に一気に内部留保が減ってしまう恐れもあります。
 その意味で、「上記引当」は法令上の義務とされているか否かは別として、利害関係人に対する重要に事項の開示と位置付けることができます。
 4   ただ、この引当を継続してきた場合、各事業年度毎に当該年度分の引当額を記載するのは良いとして、過去引当額の総額を毎年の事業報告の内容とすべきか否か、という論点があります。これについては、次項でまとめてみたいと思います。

第3 役員退任慰労金の過去の引当総額の記載について
 
 1   まず、この論点について、一般的な会社法のテキストや、入手が容易な実務家用の文献で論じられているのを、見つけることは出来ませんでした。
 2  ただ、会社法上の「報酬等」は、勿論、当該年度の分のみを対象として論じられていることは間違いありません。
 また、前記規則121条にしても、「現実の支給年度または支給する見込み額が明らかになった事業年度」という定め方をしていて、「過去計上された引当金の取扱い」には、直接の言及がありません。
 3  そして、慰労金の引当金を事業報告と内容とするか否かは、前記の通り、 法令で明示されていません。
 従って、この引当金についてのみ、法令が定義している「報酬等」を超えて過去計上済の総額分まで記載すべしという考え方には無理があると思われます。さらに。会社法施行規則第121条5項カッコ内の解釈としても、「当該事業年度以前」の時期に対応する引当金を既に計上していた場合には、過去、開示済の引当額について、改めての過去分の総額記載は不要であるとの見解も示されています(本経済団体連合会2023年1月18日 更新 「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型」 32頁~33頁)。 
 4  もう一点、気になることがあります。
 実務的には、役員全員の合計報酬額の上限額を株主総会などで定めるものの、役員個々人の「報酬額等」については、総会決議の対象となっていない例がほとんどです。
 実務的には、役員全員に「現実に支給される報酬総額」は、事実上、事前に予定、算定した上で、「上限額(報酬限度額)」を定めているはずです。しかし、その場合、「報酬限度額という言葉が予定している総額」に「引当額」を含めて算定しているケースは無いようです。
 そして、現実に支給される「報酬等の総額」と「引当額」の合算額が、前記の「上限額(報酬限度額)」を超えてしまうと、説明に窮してしまいます。総会決議の議案としても、事業報告の内容としても、そのような誤解が生じないような記載が望まれます。
 
以上 
                                                                    

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