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婚費分担に関する東京高裁 令和4年2月4日決定について

弁護士 松本史郎

令和5年11月15日更新

1 事件名
   婚姻費用分担審判に対する抗告事件(抗告棄却)

 2 事案
   (1)  本件は、平成19年に婚姻し、平成21年に長女を、平成23年に長男を、平成24年に二男をそれぞれもうけ、子らを連れて別居した相手方(妻)が、抗告人(夫)に対し、婚姻費用の分担を求めた事案である。
  (2)  原審は、婚姻費用分担額を算定するに当たり、相手方が受給している生活保護費については、生活保護法の趣旨に鑑み、相手方の収入と評価することはできないとして、夫に対し、婚姻費用として月額13万円の支払を命じた。
  (3)   これに対し、夫は、
 ①  生活保護費は税金により賄われる生活費の支払であり、就労先の代わりに国から支給される収入として扱われるべきである、
 ②  相手方は、心身ともに就労可能な状態に回復し、賃金センサスによる平均賃金(年額388万円)を得る潜在的稼働能力がある、と主張して抗告した。

3 裁判所の判断  
  裁判所(抗告審)は、以下(1)、(2)のとおり判断して抗告を棄却する決定をした。  
  (1)  生活保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われ、民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべて生活保護法による保護に優先して行われるものとされていること(生活保護法4条1項、2項)に鑑みると、相手方及び子らの生活を維持するための費用は、まずは相手方及び子らに対して民法上扶養義務を負う抗告人による婚姻費用の分担によって賄われるべきであり、生活保護費を相手方の収入と評価することはできないとした。
  (2)  抗告人が主張しているところの相手方の潜在的稼働能力については、相手方の病歴や障害等級等を検討したうえで、相手方の潜在的稼働能力を認めなかった。

4 解説  
  (1)  本決定は、生活保護法の規定を根拠に、権利者が受給している生活保護費を権利者の収入と評価することはできないと判断したものである。同旨の決定例として、名古屋高決平3.12.15家裁月報44巻11号78頁等がある。
なお、義務者(本件では夫)が生活保護を受給している場合に、その生活保護費を義務者の収入として扱うべきかについては見解が分かれている。
  (2)
 潜在的稼働能力の問題は、一般論として、就労が制限される客観的、合理的事情がないのに、敢えて稼働しないなど、稼働しない結果としての僅少な実収入をもとに算定することが公平の観点から許されないような場合には、潜在的稼働能力をもとに、現実の収入以上の実収入を擬制することも許容される。もっともその場合でも、就労が制限される客観的、合理的事情の有無を慎重に検討しなければならない。 
 本決定は、精神上の障害のため無職である権利者について、賃金センサスをもとに潜在的稼働能力を算定すべきとする義務者(夫)の主張に対し、権利者(妻)の病歴や障害等級、就労実績、医師の見解、現在の状況等を検討した上で、権利者は少なくとも当面は就労することが困難であるとして、潜在的稼働能力があるとは認められないとした。

5 本決定の意義  
   本決定の論点である3の(1)、(2)は、よく遭遇する問題であり、実務上参考になる決定例といえる。

6 参考  
   判例タイムズ 1508号120頁
 判例時報 2537号12頁

 
以上 
                                                                    

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