本文へ


リーガルトピックス(Legal topics)

ホーム > リーガルトピックス >令和5年>認知症が進んでいる責任無能力者が引き起こした他害事故の損害賠償について

リーガルトピックス(Legal topics)

一覧に戻る

認知症が進んでいる責任無能力者が引き起こした他害事故の損害賠償について

弁護士 相内真一

令和5年4月5日更新

第1 民法の原則
 
 責任無能力者が引き起こした他害事故の損害賠償に関係する民法の条文は、以下の通りです。
 
       (不法行為による損害賠償)
第709条
   故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(未成年者)
第712条  
   未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。

(精神上の障害)  
第713条
   精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

(責任無能力者の監督義務者等の責任)  
第714条  
     1   前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
   2   監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

 要するに、責任無能力者本人は、他害事故を引き起こしたとしても、賠償責任を負うことは有りません(例外 第713条但書)。
 しかし、責任無能力者を監督する「法定の責任を負う者」は当該損害を賠償すると定められ、ただ例外として、「監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったとき」に限り、監督義務者も賠償責任を負わないことになっています。
 尚、「障害」ではなく「障がい」「障碍」等の字が使用される例もありますが、民法その他の法律上は「障害」との漢字が使用されているので、ここではそれによることとします。  

第2 法定の監督を負う者(監督義務者)の要件と裁判例

 民法第714条には、「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」との定めがあります。
 そこで、「法定の義務を負う者」とはいかなる場合であるのかを、以下検討します。
   まず、民法には、未成年者に対して親権を行使する立場にある「親権者」の制度があります。
 未成年者の親権者は、未成年者(子)の監護、教育をする権利と義務があるとともに、居所の指定権、、懲戒権、職業の許可権、営業の許可権があります。
 そして、子の財産の管理権を有し、その財産に関する法律行為について、親権者はその子を代表する等と定められています(民法第6条、第820条以下)。
 未成年者の後見人についても、同様の規程があります(民法第857条、859条)。
 更に、児童福祉法第47条では「児童福祉施設の長は、入所中の児童で親権を行う者又は未成年後見人のない者に対し、親権を行う者又は未成年後見人があるに至るまでの間、親権を行う。」と定められています。
 従って、上記の未成年親権者、未成年後見人並びに児童福祉施設の長が、前記の「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に該当することになります。
 そして、未成年者の親権者、後見人について、裁判所は、包括的な監督権限と義務があるとして、民法第714条但書による免責には消極的との見方もあります。

   次に、成年者の責任無能力者についての法制度を見てみたいと思います。
 まず、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、精神保健福祉法と謂います)があります。
 平成7年に改正・施行された精神保健福祉法では、精神障害者の「保護者制度」を設けていました。後見人、配偶者、親権を行う者、或いはその他親族で家庭裁判所が選任した者が「保護者」になるという制度でした。そして、保護者には、精神障害者が自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすことのないように監督すべき義務(自傷他害防止義務)も定められていました。
 保護者となるべき第一順位とされていた禁治産制度における後見人には、民法で療養看護義務が課されていたことから、禁治産の後見人は民法第714条の「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に該当すると理解されていました。
 ところが、平11年に保護者が自傷他害防止義務を負うとの規定が削除され、さらには平成25年改正によって保護者という制度そのものが無くなりました。
 平成11年には禁治産制度が廃止され、代わりに成年後見の制度が導入されました。同制度では、後見人の療養看護義務は廃止され、身上配慮義務(民法第858条)が新設されました。
 このように、成年後見人は、介護そのものを行う立場ではなくなったので、「法定の監督義務者」と位置づけ難いことになりました。のみならず、日常生活を共にする家族ではない司法書士や弁護士などの専門職が成年後見人に就任することが多くなっています。かかる専門職後見人に、被後見人の日常を継続的に監督することを要求するとすれば、専門職後見人に就任しようとする希望者が二の足を踏むことは目に見えています。その意味でも、成年後見人が「法定の監督義務者あるいは準監督義務者」に該当するとの考え方は、適切ではないと思われます。

   「法定の監督義務者」と民法第714条但書の免責に関する裁判所の見解には変遷がありますが、最高裁は平成28年3月1日に以下の判決を言渡しました。この事案では平成19年に、高齢の認知症の父親が徘徊行為の結果、JRの線路内に立入って列車に衝突して本人は死亡し、JRは振替輸送費等の損害が発生したとして、民法第709条、同法第714条に基づいてその家族(配偶者と子供)に損害賠償を請求しました(平成25年改正前の案件)。
 この判決では、「保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない」「民法第752条が定める配偶者の同居協力扶助義務も夫婦間の義務である」とした上で、家族に「監督義務者としての責任」を認めませんでした。その一方で、「法定の監督義務者に該当しない者であっても、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、衡平の見地から法
定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用される」と判示しています。

   本判決を前提とすると、痴呆症の親がいた場合、その子供たちの内、一部の子が面倒を看るのを放棄して、他の兄弟姉妹に父の面倒を押し付けていた場合、押し付けられた者が誠意をもって面倒を看ていたのに、親が他害行為をしたときは、面倒を看ていた身内には、「監督義務を引き受けたと見るべき特段の事情」が認められてしまう惧れがあります。つまり、押し付けていた他の身内は賠償義務を負わないのに、押し付けられていた者だけが賠償義務を負うというケースが出てきそうです。
 又、被害者の立場からも納得しがたいものがあるとの批判があります。
 特に、本人や家族がそれなりの資産を有しているのに、本人は責任能力が無いことを理由して、家族は監督者に該当しないことを理由にして、現実に被害が発生しているのに、加害行為をした側の誰からも、被害が填補されない結果になるからです。
 前記最高裁判決では「衡平の見地」という考え方を示しています。しかし、この考え方が、どのような範囲の事情を斟酌しようとしているのか、必ずしも明快ではありません。

 その意味で、28年判決すべてが解決したわけではなく、事例ごとに「何が衡平」であるのか、吟味を重ねていくことが必要です。
以上 
                                                                    

一覧に戻る

リーガルトピックス(Legal topics)