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法人の理事が理事会の決議を経由することなく行なった金融商品取引が無効とされた事例

弁護士 寺中良樹

平成29年10月13日更新

 近時は裁判所のウェブサイトも次第に整備されてきて、世間の耳目を引く判決などは、判決の翌日にはもうウェブサイトにアップロードされて各所で批評がなされるような時代になってきました。
 このご時世に去年の判決を紹介するのは既に遅れているという気もしますが、今回は、東京高裁平成28年8月31日判決(判時2315号23頁)をご紹介します。
 本件は、法人の理事が理事会の決議を経由することなく行った金融商品取引が無効であるとして、法人が証券会社に対して、不当利得に基づき、購入代金などの返還請求を行ったものです。
 この判決の原審である東京地判平成27年10月9日は、法人の返還請求を認めませんでしたが、この判決は地裁判決を変更し、購入代金の一部の返還請求を認めました。

 本件の法人Xは社会福祉法人であり、社会福祉法人39条は「社会福祉法人の業務は、定款に別段の定めがないときは、理事の過半数をもって定める。」と規定しています。また、Xの定款には、日常の業務として理事会が定めるもの以外の業務の決定は理事会によって行うものとされていました(社会福祉法人の定款は、厚生労働省が策定したモデルがあり、国内の社会福祉法人は事実上すべて、同種の定めがあります)。
 法人Xの理事Aは、理事会の決定を得ずして、証券会社Yとの間で3回の金融商品取引を行いました。このうち最初の2回の時点はAはXの代表者ではなく、最後の1回の時点ではAはXの代表者であったようです。ところが、Aはこの取引のいずれについても、Xの理事会の決議を経ていませんでした。

 ここからしばらくは大学の民法の授業のような話になりますが、最初の2回(Aが代表者でない)と最後の1回(Aは代表者)では、X・Y双方主張の法律構成が異なってきます。
 Aが代表者でない場合、権限のない者が契約をしたということになり、原則として契約の効果は本人であるXには帰属しません。そこでYからは、「民法110条の類推適用」が主張されました。この主張の詳細は民法の教科書を参照いただきたいのですが、代理人がその権限を逸脱して行為した際に、相手方が権限の範囲内であると過失なく(正当な理由をもって)信じていた場合には、本人は法律行為の無効を主張できない、という内容です。Aが代表者でなくとも、理事会決議でAが契約することを決議すればAは権限をもって契約したことになり、Y(本件では証券会社Yは金融商品を銀行Zを通じて販売していたので、実際はZ)はそうだと過失なく信じていた、と言うのです。

 最後の1回については逆に、Aは代表者ですので契約をする権限はあり、定款の定めは内部的意思決定の問題であって契約の効力に影響しないということになります。そのためXからは、「民法93条但書の類推適用」が主張されました。これは、相手方が、理事会決議が存在しなかったことについて相手方に過失があった場合、契約は無効となるという主張です。Y(実際はZ)が理事会決議の不存在について過失があれば契約は無効ということであり、「民法110条の類推適用」とは、主張立証責任が異なるだけで結論は同じです。

 ということで、本件ではZの過失の有無が問題となったのですが、この点が原審と本判決で異なることとなりました。
 原審では、
・ AがZの従業員に理事会の承認決議を経た旨の発言をしたこと、
・ 内部の規定に違反していない旨の代表者名の確認書を得ていたこと
などから、Zの過失はなかったものと判示しました。
 これに対して本判決では、
 確認書はAがその場で作成交付したものを受領したもので、理事会の承認についてはAがそのように言ったという以外に客観的な資料がない
ことを理由に、原判決が言うような事情ではZの過失は否定されないとしました。

 さて、本件でZ銀行が取得した「確認書」は、私はあまり見たことがないのですが、金融法務事情2059号59頁、同75頁を見ますと、融資の際に徴求する書類としては特に珍しいものではないようです。そのため、「確認書」だけでは金融機関の徴求書類として不足とした本判決は、金融機関には多少の驚きをもって受け止められているようです。
 もっとも、(判決にははっきりとは現れていませんが、)本件では、
・ 取引が多額(3億円ないし5億円)の金融派生商品で、かつ
・ Xが第二種社会福祉法人(保育所の経営などを行う)であり、金融商品取引を通常行うような法人ではない
ので、代表者印のある確認書だけでは不足で、さらに突っ込んだ確認作業が必要である、という考慮があるのでしょう。そうすると、どのような場合でも、「確認書」では不足だという結論にはならないものと思われます。
 ただし、本件判決が指摘するように、「確認書」は代表者ひとりの印鑑で作成できるのに対して、理事会議事録(取締役会議事録も同様ですが)は理事全員が押印するのが通常です。理事会議事録が徴求できない場合、確認書で代用している金融機関もあるとのことですが、全員の押印がある書類の代用を代表者ひとりの押印書類で代用するのは無理がある、と、個人的には思います。
 以上
                                                                    

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