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建物賃貸借契約における更新料支払特約の有効性について−消費者契約法10条との関係−

弁護士   松本史郎

平成22年1月15日更新

 建物賃貸借における更新料支払特約について、平成21年度に注目すべき高裁判決が言渡されましたので、今回はこの判例についてご説明致します。

1 平成21年の下半期に更新料支払特約の効力をめぐり、これを無効とするものと、有効とするものと結論を異にする大阪高等裁判所の2件の判決が相次いで言渡されました。

2 大阪高裁 平成21年8月27日判決(無効判決)について
(1) この判決は、・家賃:1か月4万5000円(共益費、水道代含む)・賃貸借契約の期間:平成12年8月15日から平成13年8月30日までの約1年間(以後1年ごとに更新)・礼金:6万円・更新料:1年更新ごとに10万円、との事案で、更新料支払特約を無効として借主から貸主に対する既払更新料40万円の返還を認める判決を言渡しました。  
(2) この判決が更新料支払特約を無効とした理由は次のとおりです。
本件の更新料は、その性質を法律的に説明することが困難であり、対価性の乏しい給付である
    (貸主は更新料の性質について・貸主による更新拒絶権放棄の対価・賃借権強化の対価・賃料の補充という複合的性質を有する、と主張しましたが、上記高裁判決は、これをいずれも認めませんでした)
  賃貸借契約の期間は、1年という短期間であり、1年経過ごとに更新料10万円を支払うのは月額賃料(4万5000円)に対比して借主に大きな経済的負担をかける
  1年に1回の更新料の支払特約を併用することによって、一見賃料が安いという誤った印象を与えること
  貸主と借主との間に情報収集力に大きな格差があり、借地借家法28条の法定更新の規定(法定更新の場合には更新料を支払う必要がない)の存在から目を逸らさせる面がある 
  実質的に見て借主は、対等又は自由に取引条件を検討できないまま、賃貸借契約更新契約を締結してきた
  以上、ア〜オによれば、本件の更新料支払特約は、民法の信義誠実の原則に反して消費者(借主)の利益を一方的に害するものであり、消費者契約法10条に違反して無効である
  以上が無効判決の理由の骨子です。  

3 大阪高裁 平成21年10月29日判決(有効判決)について
(1)  この判決は、・家賃:1か月 5万2000円・賃貸借契約の期間:平成12年8月から2年間(以後2年ごとに更新)・礼金:20万円・更新料:2年ごとに家賃の2か月分、との事案で、更新料支払特約は有効であるとして、借主から貸主に対する既払いの更新料の返還請求を棄却しました。 
(2) この判決が更新料支払特約を有効とした理由は次のとおりです。
  更新料は、更新によって当初の賃貸借契約期間(2年)よりも、長期の賃借権になったことに基づく賃借権設定の対価(礼金)の追加分ないし補充分である
  このような性質を有する更新料の支払いを一定程度受けることを予め借主との間で合意しておくことは、賃貸事業の経営において効果的に投下資本の回収及び利益追求をする手段として、必要かつ合理的なものである
  更新後の賃貸借期間を2年とし、更新料を家賃の2か月分(約10万円)とすることは礼金(20万円)よりも金額的に相当程度抑えられた適正な金額である。また、更新料を更新期間(24か月)で割って、月額賃料に加えても、月額賃料の1割にも満たない増額にしかならないから、名目上の賃料を低く見せかけて、情報交渉力に乏しい借主を誘い込むような効果を生じさせているとは認められない
  以上、アないしウによれば、更新料支払特約が信義則に反する程度まで一方的に借主に不利益を与えるものではない
    したがって、本件更新料支払特約は、消費者契約法10条に該当しないから無効ではない
  以上が有効判決の理由の骨子です。

4 無効判決と有効判決の差異
 無効判決と有効判決は、全く相反する判決といえるでしょうか。
 有効判決も、判決理由の中で、どのような金額の更新料であっても、貸主に取得することが許されるというものではないと言っています。例えば、2年間の賃貸借契約を締結し、家賃4か月分の礼金を支払ったにもかかわらず、2年後の更新時において賃貸借契約を従前どおり2年更新する場合に、家賃2か月分ではなく、家賃4か月分の更新料を支払うというのであれば、借主としては賃貸借契約の更新という名の下に、新規の賃貸借契約を締結して礼金を支払わされるのと実質的に変わらないことになり、借主は正当な理由がない限り事実上永続的に賃貸借契約を継続することができるという借地借家法28条の趣旨を没却することになるとしており、有効判決もこの例のような場合の更新料特約の効力には否定的であるように受けとれます。
 そうすると、無効判決の事案(礼金6万円、更新料1年ごとに10万円)は、有効判決をした裁判所の立場からも更新料支払特約の効力が否定された可能性があり、両判決は全く矛盾した判決であるとまではいえません。
 ただ、有効判決が更新料を賃借権設定の対価の追加分ないし補充分と位置づけ、貸主が賃貸借契約を締結するにあたり、借主に対し、賃貸借契約期間の長さに応じた賃借権設定の対価の支払いを求めようとすることには、一定の必要性と合理性が認められ、法的に許されないものではない、としている点が更新料特約の必要性、合理性に全く触れていない無効判決との大きな差異であるといえます。
 有効判決は、無効判決とは異なり、賃貸借契約の他方当事者である貸主側の事情についても十分考慮したバランスのとれた判決であるように思われます。
 消費者保護も極めて大切な法益ではありますが、他方、民法の大原則である契約自由の原則(契約者の自己責任)、取引の安全なども極めて重要な原則であることを考え併せますと、貸主、借主の利益衝量を十分に行なったバランスのとれた法解釈が今後ますます必要となってくると思われます。

5 まとめ
 無効判決も有効判決も最高裁判所に上告中であり、今年中には最高裁判所の判断が下されるものと思われます。
 バランスのよい、今後の指針となるべき判断が出されることを期待しております。

【参考条文】
■消費者契約法1条 
(目的)
 この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意志表示を取り消すことができることとするとともに、事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする…(中略)…ことにより、消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
■消費者契約法10条
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
 民法、商法、…(中略)…その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

 

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