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独禁法改正について−1

弁護士   水口哲也

平成21年9月15日更新


第1 改正の経緯

 平成17年改正は,25年ぶりの独禁法改正でした。同附則に,改正法施行後2年以内に,新法の施行状況,社会経済情勢の変化等を勘案し,種々の変更を加え,その結果に基づいて所要の措置を取ることとされており,それに基づき,平成21年6月3日,平成21年改正法(以下,単に「改正法」といいます。)が成立し,同月10日公布され,平成22年1月から施行予定となっています。
 改正の背景には,長引く不況により,特に中小企業に深刻な影響が出ていることから,中小企業保護という政治的社会的動向が関係しています。例えば,今回の改正の目玉と言える,排除的私的独占並びに不公正な取引方法ののうち共同の取引拒絶,不当廉売,差別対価,再販売価格の拘束及び優越的地位の濫用への課徴金制度の適用は,中小企業保護に資する制度と言えます。
 ただし,このような政治的社会的動向と,独禁法の本来の目的である自由競争の促進や,今後進めていくべきグローバルスタンダードへの適合と,矛盾しないかどうかは議論のある所ではあり,今後の課題と言えるでしょう。

第2 改正法の主内容

1

 課徴金制度の見直し

(1)

課徴金対象行為の拡張と不公正な取引方法及び排斥型私的独占の要件の明確化ないし厳格化

ア 課徴金対象行為の拡張

 

 平成17年改正法までは,課徴金制度の適用対象は,(a)不当な取引制限(法7条の2第1項)と(b)支配型独占(法7条の 2第2項)のみでした。
 これに対し,平成21年改正法では,(c)排除型私的独占及びC不公正な取引方法の一部((ア)共同の取引拒絶(20条の 2),(イ)差別対価(法20条の3),(ウ)不当廉売(法20条の4),(エ)再販売価格の拘束(法20条の5)(ただし,以上は10年以内 の同一行為の繰り返しの場合に適用。)及び(オ)優越的地位の濫用に拡張されました。
 しかし,(c)排除型私的独占及び(d)不公正な取引方法につき,課徴金を課すことになると,従前の規定では,適用要件が  不明確であり,委縮効果が生じるという批判がありました。
 そこで,(c)排除型私的独占については,改正法に合わせて,ガイドラインが作成され,具体化及び明確化が図られることになりました。
 また,上記の観点から,(d)不公正な取引方法についても,課徴金の対象となる行為類型については,行為態様が明確化ないし厳格化されました。  

 

イ 排除型私的独占の明確化(ガイドライン原案)

   

排除型私的独占は,
(¡)  排除行為
(¡¡)  一定の取引分野における競争の実質的制限
の2つの要件からなります。

   

(ア) 排除行為

   

(¡)排除行為とは,他の事業者の事業活動の継続を困難にさせたり,新規参入者の事業開始を困難にさせたりする行為であり,一定の取引分野における競争を実質的に制限することにつながる様々な行為をいいます。
ガイドライン原案は,(¡)排除行為として,以下の4類型を典型行為とします。
(a)  コスト割れ供給
(b)  排他的取引(リベート供与を含む。)
(c)  抱き合わせ
(d)  供給拒絶・差別的取扱い
です。なお,典型行為以外の場合であっても,排除型私的独占に該当する場合があることに留意する必要があり,その他排除行為に当たり得るものとして,公正取引委員会は,競争者と競合する販売地域等に限定して行う価格設定行為,他の事業者の事業活動を妨害する行為等を挙げています。

      (a)コスト割れ供給
     

商品について、その供給に要する費用を下回る対価を設定する行為をいいます。

      (b)排他的取引
       

相手方に対し,自己の競争者との取引を禁止し,又は制限することを取引の条件とする行為をいいます。

      (c)抱き合わせ販売
       

相手方に対し,ある商品の供給を併せて他の商品を購入させることを取引の条件とする行為をいいます。

      (d)供給拒絶・差別的取扱い
       

供給先事業者が市場(川下市場)で事業活動を行うために,必要な商品について,合理的な範囲を超えて供給の拒絶や差別的な取扱いをする行為をいいます。

     

 以上のような類型につき,排除行為に該当するか否かは,商品にかかる市場全体の状況,行為者・競争者等の市場における地位,行為の期間,行為の態様,行為者の意図・目的,消費者利益の確保に資する事情の有無等を総合的に勘案して決せられるとするのが,公正取引委員会のガイドライン原案の立場です。

   

(イ) 一定の取引分野に関する競争の実質的制限

   

 「一定の取引分野」とは,排除行為によって競争の実質的制限がもたらされる範囲をいい,その成立する範囲は,具体的な行為や取引の対象・地域・態様等に応じて相対的に決定されるべきものです。
「競争の実質的制限」とは,競争自体が減少して,特定の事業者又は事業者集団がその意思で,ある程度自由に,価格,品質,数量,その他各般の条件を左右することによって,市場を支配することができる状態を形成・維持・強化することをいうものと解されています(東日本電信電話事件(東京高判平成21年5月29日)平成19年(行ケ)第13号)。
以上につき,行為者の地位及び競争の状況,潜在的競争圧力,需要者の対抗的な交渉力,効率性,消費者利益の確保に関する特段の事情等を総合的に判断して要件該当性を判断するというのが,公正取引委員会の立場です。

   

(ウ)運用面について

     

 そして,公正取引委員会は,事件審査を優先的に行うものとして,「行為開始後において,行為者が供給する商品のシェアが概ね2分の1を超える事案であって,市場規模,行為者による事業活動の範囲,商品の特性等を総合考慮すると,広く国民生活に影響が及ぶもの」を挙げています(ただし,そうでなければ,事件審査を行わないという主旨ではありません)。
このような商品を取り扱っている事業者の方は,特に注意が必要になります。

 

ウ 不公正な取引方法の要件の明確化・厳格化

   

(ア) 不当廉売

     

 不当廉売とは,「正当な理由がないのに,商品又はその供給に要する費用を著しく下回る対価で継続して供給することであって,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれのある行為を行った場合」(法2条9項3号)をいい,これを繰り返し行うと,課徴金の対象となります。
 この点,「繰り返し行う」とは,10年以内に,同一の行為により,課徴金納付命令若しくは排除措置命令等を受けて確定したことがあることをいいます。
 現行の一般指定(6項)は,「著しく下回る対価で継続して供給する場合」に限定していないため,この点で,平成21年改正法は,要件の厳格化を図っているといえます。

   

(イ) 差別対価

     

 差別対価とは,「不当に,地域または相手方により差別的な対価をもって,商品または役務を継続して供給することであって,他の事業者の事業活動を困難にさせるおそれがある場合」(法2条9項2号)をいい,当該行為を繰り返した場合に,課徴金の対象になります。
改正法は,現行の一般指定3項の要件に,「供給する」という要件を加えており,要件の厳格化を図っています。

   

(ウ) 共同の取引拒絶

     

 共同の取引拒絶とは,「正当な理由がないのに,
(¡)ある事業者に対し供給を拒絶し,または供給に係る商品若しくは役務の数量もしくは内容を制限した場合,
(¡¡)他の事業者に,ある事業者に対する供給を拒絶させ,または,供給に係る商品もしくは役務の数量もしくは内容を制限させる場合」(法2条9項1号)をいい,当該行為を繰り返した場合に課徴金の対象となります。
なお,現行の一般指定1項における共同の取引拒絶と比べると,改正法の規定が「供給」に制限しているのに対し,現行の一般指定1項は,取引と広く対象を捉えており,この点で,改正法は要件を厳格化しています。

   

(エ) 優越的地位の濫用

     

 優越的地位の濫用とは,自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に
(¡)継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。)に対して,当該取引に係る商品または役務以外の商品又は役務を購入させる場合
(¡¡)継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。)に対して,自己のために金銭,役務その他の経済上の利益を提供させる場合
(¡¡¡)取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み,取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ,取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ,もしくはその額を減じ,その他取引の相手方に不利益となるような取引の条件を設定し,もしくは変更し,または取引を実施する場合をいいます。

(¡)(¡¡)については,現行の一般指定と同様の条項ですが,(¡¡¡)は新設されたものです(押し付け販売,協賛金の支払いや従業員の派遣等の経済上の利益を強要させる行為や受領拒絶,不当な返品が該当するとされます。)。
そして,課徴金が課されるための要件として,(¡)から(¡¡¡)の行為につき「継続性」が要件とされている一方で,「繰り返し」は要件とされていない点に注意が必要です。

 上記のように,優越的地位の濫用につき,具体的な規定が新設されました。下請け法との関係は,下請法の規定が,優越的地位の濫用の特別法に該当するという見解が有力ではありますが,必ずしも明確になっているわけではありません。

(2)

課徴金算定率について 

   課徴金の算定率は,以下のように法定されました。
   【現行法】

※括弧内は中小企業の場合

 【改正法による追加】                 

・出典:公正取引委員会ホームページ

(3)

課徴金加重軽減制度

 

 改正法は,不当な取引制限,支配的私的独占にかかる違反行為の繰り返しの場合(法7条の2第7項),不当な取引制限にかかる主導的役割をしたもの(同8項)に対して,それぞれ5割増としています。
また,不当な取引制限につき加重原因が重複する場合の加重算定率は,10割増としております。

(4) 課徴金減免制度
 

 減免制度は,不当な取引制限(法7条の2第10項から12項)と事業者団体間の競争の実質的制限行為(法8条の3により法7条の2第10項から12項を準用)のみに適用されます。
減免制度の適用者は,公正取引委員会の調査開始前後で5社まで,公正取引委員会の調査開始後は3社までとされました。

(5) 罰則と課徴金の調整制度
 

 独禁法により刑事罰と課徴金の両方を受けた場合,不当な取引制限と私的独占の場合には,確定罰金刑の2分の1相当額を課徴金から控除されます(法7条の2第19項,51条)。

(6)

 課徴金納付命令や排除命令の名宛人の明確化

 

 分割,合併,事業譲渡等によっても,違反行為にかかる事業を引き継いだ存続会社に対して,課徴金の納付や排除命令を命ずることができることが明定されました。
 なお,排除命令と課徴金納付命令の除斥期間が3年から5年に延長されました。

2

 不公正な取引方法に対する懲役刑の引き上げ

 

 不当な取引制限等の罪に係る実行行為者に対する懲役刑の上限が3年から5年に引き上げられました(法89条1項)。


 次回は,改正法における企業結合の見直し,その他改正点を説明したうえ,今後の動向につき予想される点を簡単に解説いたします。

(参考文献)
・公正取引委員会ホームページ http://www.jftc.go.jp
  「独占禁止法改正法の施行等に伴い整備する公正取引委員会規則案等に対する意見募集にういて」
「『排除型私的独占に係る独占禁止法上の指針』(原案)に対する意見募集について」
「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律の成立について」
「『私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案』の国会提出について」 など

・「平成21年改正独禁法のポイント」(伊藤憲二、宇都宮秀樹、大野志保 著/商事法務)

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