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野球場におけるボール等の直撃事件 -札幌ドーム事件一審判決と宮城球場事件の比較- (弁護士 相内真一)

1   野球場でのファールボール直撃事案については、本リーガルトピックスの平成23年10月20日付の「クリネックススタジアム宮城球場 ファールボール直撃事件」と題する項目で紹介させて戴きました。
その後の同種事案として、「甲子園球場バット木片直撃事件」がありました。
同事案の裁判の原告の方は、平成23年10月19日、甲子園球場で知人ら3人で阪神-横浜(現DeNA)戦を、3塁側ベンチに近い前から5段目の席に座って観戦していました。そして、阪神の選手がゴロを打った際に折れたバットの木片が、原告の顔面を直撃し、原告は右頬と右手甲に裂傷を負い、結局、右手の甲を5針、右頬を約20針縫い、いずれの部位にも傷跡が残りました。治療費は球団側が全額負担しました。直撃を受けた方は阪神電鉄に対して損害賠償請求訴訟を提起しましたが、平成26年1月30日、神戸地方裁判所尼崎支部は、前述の「クリネックススタジアム宮城球場 ファールボール直撃事件(以下、「宮城球場事件」といいます)の判決と概ね同様の理由で、原告の請求を全面的に棄却しました。

2  今回ご紹介するのは、札幌地方裁判所で平成27年3月26日に言い渡された事案です(以下、「札幌ドーム事件」といいます)。
平成22年8月21日、札幌ドームの一塁側内野席で、野球を観戦中、ファールボールが原告の顔面を直撃し、原告は右眼球破裂等の傷害を負いました。そこで、札幌ドーム所有者(札幌市)、ドーム占有者(㈱札幌ドームと北海道日本ハムファイターズ)並びに試合主宰者たる北海道日本ハムファイターズに対して4600万円余の損害賠償請求訴訟を、原告は提起していました。宮城球場の第一審と控訴審と甲子園球場事件の第一審では、いずれも原告の請求は全部棄却されていましたが、札幌ドーム事件の第一審は、原告の請求を概ね認容しました。球団等の被告は控訴したとのことです。

3  そこで、両判決が結論を異にした理由を検討するに際して、先ず、前提事実にどのような異同があるのかどうかを確かめてみたいと思います。

(宮城球場事件)

観戦位置  三塁側内野席
 同行者  不明(原告は男性)
 直撃した時の原告の状況   原告は、ビール(紙コップ入り)を購入して、そのコップをホルダーに置いた後、顔を上げた瞬間ボールが顔面を直撃した。
 宮城球場における
過去の打球による傷害事案
  不明
  防球ネット   不明
  防護柵の高さ   内野フェンスの高さは、4.29~4.79m
  施行されていた安全対策等 観戦約款の記載、チケット裏面の記載、大型ビジョンの映像による注意喚起、看板、場内アナウンスによる注意喚起、警笛による警告。

(札幌ドーム事件)

 観戦位置   一塁側内野席
 同行者 原告(女性)と大人一人並びに子供3人(10歳、7歳、4歳)、計5名
 直撃した時の原告の状況   原告は、打球を見ておらず、4歳の子供に目を向け、視線を上げたときには打球が目の前に来ていて直後、顔面を直撃した。
 札幌ドームにおける
過去の打球による傷害事案
年間100件程度と原告は主張(医務室記録による数値。軽微なものも含まれている模様)
  防球ネット 平成18年まではグラウンドからの高さが5mのネットがあったが、同年、取外した。但し、本件打球は、この高さを超えていて、5.5m~6mだった。
  防護柵の高さ 最も低い内野席前のラバーフェンスの高さは2.9m。
但し、判決では「(他のプロ野球の球場の)内野席前に設置されているフェンスないし防護ネットの高さに照らして特段見劣りするわけではない」と判断している。
  施行されていた安全対策等 観戦約款の記載、チケット裏面の記載、大型ビジョンの映像による注意喚起、看板、場内アナウンスによる注意喚起、警笛による警告、案内状の記載。

4  以上の比較からすると、札幌ドーム事件の判決で指摘されているように、札幌球場の安全対策、安全設備のレベルが、宮城球場に比較して、明らかに見劣りしていたわけではないようです。

5  では、判断を分けたのはどのような理由だったのでしょうか?
判断を分けたのは

「そもそも野球観戦にはどんな危険があって、観客はどこまで注意をしておくべきなのか?」「自己責任論は妥当するのか?」
ということについて、二つの事件の裁判官の考え方が180度違っていたためです。
宮城球場事件の裁判官は、

観客には、ピッチャーが投球動作に入ってからボールの行方をずっと注視していることが要請される
ことを前提として、

観客の安全を確保すべき要請と観客側に求められる注意の程度、プロ野球の観戦にとって 本質的要素である臨場感を確保するという要請等の諸調和の見地
から、球場の瑕疵と球場・球団側の注意義務違反を否定しました(以下、「諸調和説」といいます)。
他方、札幌ドーム事件の裁判官は、

観客が幼児や高齢者であっても安全に楽しむことが出来るだけの安全対策が施されるべきである
と述べるとともに、

観客がボールを見ていないことを前提とした安全設備や安全対策が必要
であるとして、

諸調和説を明確に排斥
し、原告の過失を一切認めることなく、球場、球団側の反論を全て排斥して、球場の瑕疵と球場・球団側の注意義務違反を認定しました。
以下は、両判決の判決理由の主な内容です。

(宮城球場事件)

野球は観客に対しても本質的に一定の危険性を内在している。
ファールボールが観客席に入る危険があることも、少なくともプロ野球の観戦に行くことを考える通常の判断能力を有する人にとって容易に認識し得る性質のもの・・・・・・・危険性を回避するためには、球場に設置された安全設備の存在を前提としつつ、観客の側にも相応の注意をすることが求められている。
観客としては、投球動作に入るごとにボールの行方に注意を向けていれば、ファールボールによる危険は回避し得るのが通常である。
「瑕疵」の有無について判断するためには、観客の安全を確保すべき要請と観客側に求められる注意の程度、プロ野球の観戦にとって 本質的要素である臨場感を確保するという要請等の諸調和の見地から検討することが必要である。
プレー中にビールを購入して飲もうとする観客の側にも、プレーの状況やボールの行方に注意を払うことが求められてしかるべきで・・・・本件事故の結果はビールを購入した観客の自己責任の範囲に属する。

 

(札幌ドーム事件)
観客がバッターがボールを打つところを見ていない可能性が全くないことを前提とした安全設備の設置管理には、むしろ瑕疵がある。
ファールボールが約2秒のごくわずかな時間で観客席に飛来することを遮断する安全設備が存在しないことを踏まえると・・・(施行されていた安全対策の)措置のみでは観客の安全性を確保するのに十分であるとは言えない。打撃の後、ボールの行方が判断できるまでの間はボールから目を離してはならないことまで周知されていたものではない。
視認性や臨場感を優先する者の要請に偏して安全設備や安全対策により確保されるべき安全性を後退させることは適正ではない。
死亡や傷害を防止するという生命身体に対する安全対策の要請と、臨場感の確保と言う娯楽の程度を高める要請とを同列に論じ、全く補償すら要しないないという主張自体、事の軽重を捉え違えた調和に欠ける。
(観客席全部についてではないが)幼児や高齢者であっても安全に楽しむことが出来るだけの安全対策が施されるべきである。
観客に過失は無く、過失相殺は認めない。

 

6  競技観戦者の危険防止のために設備としては、アイスホッケーのリンクで、ゲームで用いられるパックがリンク表面から飛び出して観客に怪我をさせるのを防止するために、ボードの上部に透明な硬質ガラスやアクリル樹脂の板が取り付けられているリンクがあります。アクリル板の上部に、更に防護用のネットが取り付けられていることもあるとのことです。ただ、リンクと球場の規模の差、観戦者やファンの多さは大きく異なりますから、ホッケーリンクと同様の設備が無いからといって、直ちに球場設備に瑕疵があるということは出来ません。

7  結局は、

「そもそも野球観戦にはどんな危険があって、観客はどこまで注意をしておくべきなのか?」
「自己責任論は妥当するのか?」
ということの考え方の違いに帰着することになります。
観客構成を熱心な野球ファンを中心として考えれば宮城球場事件の結論となります。
他方、観客構成をそのような野球ファンに限定することなく「幼児や高齢者であっても安全に楽しめる」と言うことを重視すると、札幌ドーム事件の結論に導かれます。
私は、臨場感を阻害するような防護柵の設置を義務付けることに賛成はできません。自己責任を全て否定する見解も行き過ぎであると思います。
しかし、裁判になったような直撃事案のことを「単にお気の毒でした」で済ますことが適切であるということも出来ないと考えています。
これを解決するためには、一定額を超える観戦料金のチケットの代金の一部、例えば一枚辺り〇〇円を保険料の支払いに充てるような形で、当然に保険が付保されるような仕組みを作り上げることは一つの解決案ではないでしょうか。それに際しては、野球場の防護柵(ネット)の高さ等の最低基準を業界で決めることが望まれます。更に、全座席を保険対象とすることは困難でしょうから、ファンの皆様に、防護柵等が設置されている座席の範囲と保険対象となる座席の範囲を広くお知らせするとともに、チケット上、そのことを明記するなどの対策を講じることも検討の対象にされてしかるべきと思います。

以上

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