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建物賃貸借契約における敷引特約の有効性について−消費者契約法10条との関係−

弁護士   松本史郎

平成22年1月15日更新

 前回は、建物賃貸借契約における更新料支払特約の有効性について、平成21年度下半期に言渡されました興味ある二つの高裁判決をテーマに取り上げましたが、今回は敷引特約の有効性について最近の判決を取り上げてみたいと思います。

1 昨年(平成21年)、敷引特約の効力をめぐり、これを有効とする大阪高裁の判決とこれを無効とする京都地裁の判決が相次いで言渡されました。

2 大阪高裁 平成21年6月19日判決(有効判決)について
(1) 賃料 1か月9万6000円
賃貸期間 平成18年8月21日から同20年8月20日までの2年間
敷金 40万円
敷引特約 通常損耗についての原状回復費用を敷金から次の額を控除する方法で借主に負担させる。
契約経過年数 1年未満 18万円
   同 2年未満 21万円
   同 3年未満 24万円
   同 4年未満 27万円
     同 5年未満 30万円
         同 5年以上 34万円
  という事案で、この判決は、本件の敷引特約は、有効であるとして、借主の貸主に対する敷引額21万円の返還請求を棄却しました。     
(2) この判決が敷引特約を有効とした理由は次のとおりです。
  本件敷引特約によって、通常損耗についての原状回復費用に充当される敷引額は、実際に必要となる通常損耗についての原状回復費用の額を超える場合もあるが、賃料が不当に高額でなく、礼金等の名目で賃貸借契約終了時に一切返還されない一時金の授受がないことから、敷引額が貸主と借主の衝平を著しく失するほど借主に不相当な負担を課すものではない。    
  借主は、賃貸借契約締結時に本件敷引特約の存在及び内容を十分告知され、明確に認識していた。
  借主は、賃貸借契約締結までに他の物件の契約条件と比較して、本物件の契約が有利か不利かを検討する期間が十分あり、本物件にするか、他の物件にするかを熟慮のうえ、選択する可能性があった。
  以上、ア〜ウによれば、本件敷引特約は、消費者契約法10条により無効ということはできず、有効である。 

3 京都地裁 平成21年7月2日判決(無効判決)について
(1) 賃料 1か月8万9000円
賃貸期間 平成18年4月8日から同20年4月7日までの2年間
敷金 40万円
敷引特約 契約終了後、本物件の明渡しを完了した日から遅滞なく敷金40万円から35万円を差引いた残額を借主に返還する。
  という事案で、この判決は、本件敷引特約は、消費者契約法10条に該当するから無効であるとして、借主の貸主に対する敷引分35万円の返還請求を認めました。     
(2) この判決が敷引特約を無効とした理由は次のとおりです。
  本件敷引特約は、保証金40万円から敷引金35万円を無条件に差引くものである。    
  借主の立場から、本件敷引特約について交渉する余地がほとんどない。
  敷引額35万円は、敷金全体の87.5%に相当し、月額賃料(8万9000円)の約4か月分にも相当し、敷金、賃料に比すると、高額、高率であり、借主に大きな負担となる。
  敷引金35万円がどのようにして決められたのか、原状回復費用に充てられるのか、あるいは礼金の意味を有するのかといった点について、借主に具体的かつ明確な説明がなされていない。
  以上、ア〜エによれば、本件敷引特約は、信義則に反して借主の利益を一方的に害するものであるから、消費者契約法10条によって無効である。

4 有効判決と無効判決との差異
 大阪高裁の判決(有効判決)と京都地裁(無効判決)の判決とでは、どのような点に差異があるのでしょうか。
 大阪高裁の事案では、敷引額を通常損耗の原状回復費用に充当するものであると明確化し、建物使用の経過年数が短ければ、敷引金も敷金の50パーセント程度にとどまっています。
 これに対し、京都地裁の事案では、敷引の趣旨が原状回復費用に充てられるものか礼金の趣旨なのか不明確であり、かつ建物使用の経過年数にかかわりなく、一律に敷金全額(40万円)の87.5%(35万円)を差引くというもので、大阪高裁とはかなり事案を異にします。
 一般的傾向として、無条件、一律に敷金の20〜30%を超える敷引をする旨の特約は消費者契約法10条に該当して無効とされる可能性があります(裁判官によっては、敷引額を20〜30%に抑えていても、敷引特約が無効である、とされる場合もあります)。
 これに対し、敷引分を通常損耗の原状回復費に充当するとして建物使用期間に応じて、敷引額が逓増する敷引特約の場合は、敷引額が過大なものでなければ、有効と認められる可能性があるといえます。但し、この場合でも借主が補修費用(原状回復費用)を負担することとなる通常損耗の範囲を、部位別に要補修状況を特定した一覧表を添付するなどして、賃貸借契約書に具体的に明記し、特約が明確に合意されていることが必要です(最高裁 平成17年12月16日 第二小法廷判決)。

5 補足
 礼金特約が消費者契約法10条に照らし、有効か否かが争われた事案(家賃:6万1000円、賃貸借契約期間:平成16年3月20日から平成17年3月19日の1年間、礼金:18万円、更新料:1年ごとに賃料の2か月分)で、京都地裁 平成20年9月30日判決(一審が簡易裁判所の控訴審判決)は、礼金は貸主が建物を借主に使用収益させる対価として、契約時に借主から受領する金員であり、賃料の一部前払いとしての性質を有するとしたうえで、本件の礼金特約が信義則に反して、消費者の利益を一方的に害するものではないから有効であるとしていますので、参考のためご紹介しておきます。

【参考条文】
■消費者契約法1条 
(目的)
 この法律は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、又は困惑した場合について契約の申込み又はその承諾の意志表示を取り消すことができることとするとともに、事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することとなる条項の全部又は一部を無効とする…(中略)…ことにより、消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
■消費者契約法10条
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
 民法、商法、…(中略)…その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

 

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