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プロ野球試合観戦中の事故−札幌高等裁判所 平成28年5月20日判決−

弁護士 小西宏

平成28年6月21日更新

1 はじめに
 先般、プロ野球の試合を観戦中、打者の打ったファウルボールが原告の顔面に直撃し、右眼球破裂により失明した事故につき、球団に対して損害賠償を認容した札幌高等裁判所平成28年5月20日 判決(平成27年(ネ)第157号損害賠償請求控訴事件、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/916/085916_hanrei.pdf )が出されました。本稿ではこの判決についてご紹介いたします。なお、同控訴審判決の原審については、リーガルトピックス平成27年6月12日投稿分「野球場におけるボール等の直撃事件−札幌ドーム事件一審判決と宮城球場事件の比較−」(相内真一弁護士)に詳しく掲載されておりますので、そちらをご覧ください。

2 事案の概要
(1)  本件は、被控訴人が、札幌市豊平区所在の全天候型多目的施設である「札幌ドーム」(以下「本件ドーム」といいます。)において平成22年8月21日に行われたプロ野球の試合(以下「本件試合」といいます。)を1塁側内野自由席18番通路10列30番の座席(以下「本件座席」という。)で観戦中に、打者の打ったファウルボールが被控訴人の顔面に直撃して右眼球破裂等の傷害を負った事故(以下「本件事故」といいます。)について、本件ドームには通常有すべき安全性を備えていない瑕疵があった、控訴人らは観客をファウルボールから保護するための安全設備の設置及び安全対策を怠ったなどと主張して、@本件試合を主催し、本件ドームを占有していた控訴人ファイターズに対しては、(a)工作物責任(民法717条1項)、(b)不法行為(民法709条)又は(c)債務不履行(野球観戦契約上の安全配慮義務違反)に基づき、A指定管理者として本件ドームを占有していた控訴人札幌ドームに対しては、(d)工作物責任(民法717条1項)又は(e)不法行為(民法709条)に基づき、B本件ドームを所有していた控訴人札幌市(以下「控訴人市」という。)に対しては、(f)営造物責任(国家賠償法2条1項)又は(g)不法行為(民法709条)に基づき、損害賠償金4659万5884円及びこれに対する平成22年8月21日(本件事故の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案です。
  (2)  原審(札幌地裁平成27年3月26日判決)は、本件ドームにおける安全設備等の内容は本件座席付近で観戦している観客に対するものとしては通常有すべき安全性を欠いており、本件ドームには工作物責任ないし営造物責任上の瑕疵があったと認められるなどと判断して、被控訴人の控訴人らに対する上記(a)、(d)及び(f)の各請求を4195万6527円及びこれに対する上記遅延損害金の連帯支払を求める限度で認容し、被控訴人のその余の請求をいずれも棄却しました。
これに対し、控訴人らが各敗訴部分を不服として控訴したのが本控訴審判決です。

3 主な争点   
 本件の主な争点は、(1)本件事故の態様(本件打球の軌道及び原告の挙動)、(2)  本件ドームについて「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)ないし「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)があるか、(3)被告らに本件ドームの管理、運営において注意義務を怠った過失があるか、(4)被告ファイターズに野球観戦契約上の安全配慮義務違反があるか、(5)損害の発生及びその額、(6)過失相殺の当否、(7)被告ファイターズにつき、免責条項の適用があるか、の主に7点です。
 このうち、今回は(2)、(3)、(4)の争点について検討します(その他の争点に関する判断の詳細は判決文をご参照ください)。

4 控訴審判決(札幌高等裁判所 平成28年5月20日)
  (1)  争点2(本件ドームについて「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)ないし「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)があるか)
 控訴審は、「民法717条1項にいう土地の工作物の設置又は保存の「瑕疵」、及び国家賠償法2条1項にいう営造物の設置又は管理の「瑕疵」とは、それぞれ当該工作物又は営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、上記各「瑕疵」の有無については、当該工作物又は営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断すべきである」、と瑕疵についての考慮要素を述べた上で、一般論として、「プロ野球の球場の所有者ないし管理者は、ファウルボール等の飛来により観客に生じ得る危険を防止するため、その危険の程度等に応じて、グラウンドと観客席との間にフェンスや防球ネット等の安全設備を設けるなどの安全対策を講じる必要がある。」と述べました。
 しかしながら、他方で、控訴審は、現在のプロ野球観戦では、球場における臨場感も本質的要素となっているため、安全性の確保のみを重視し、臨場感を犠牲にして徹底した安全設備を設けることは、プロ野球観戦の魅力を減殺させる、との考え方を示し、安全確保の要請と臨場感確保の要請、観客がどの程度の範囲の危険を引き受けているかという観点から、本件ドームの瑕疵を考えるべきであるとしました。
 そして、本件では、本件座席付近の前にはかつて防球ネット(約5メートル)が設置されていたが、約5メートルの防球ネットが設置されていたとしても本件での打球の飛来を遮断することはできなかったこと、ファールボールの危険性に関する観客に対する注意喚起の放送、警笛等の安全施策が講じられていたこと、本件座席付近の前の内野フェンスの高さは他の球場と比較して特に低いわけではないこと等の事情に照らすと、本件ドームでは、通常の観客を前提とした場合に、観客の安全性を確保するための相応の合理性を有しており、社会通念上プロ野球の球場が通常有すべき安全性を欠いていたとはいえない、と判断しました。
  (2)  争点3(被告らに本件ドームの管理、運営において注意義務を怠った過失があるか)
被控訴人は、ファウルボールが観客に衝突する事故の発生を防止するための安全対策として、控訴人らは共同して少なくとも高さ5.75メートル以上(本件において飛来した打球の高さが約5.75メートル)の防球ネットを設置するなどの十分な安全設備を設置するべき注意義務を負っていたのに、これを怠ったと主張しましたが、控訴審は、他の実施されるべき安全対策の存在(上記のような安全対策)を考慮すれば、本件事故について推測した態様から算出された5.75メートル以上という数値に客観的合理性があるものとは認め難いから、控訴人らに上記注意義務違反があったとは認められない、と判断しました。
  (3)  争点4(被告ファイターズに野球観戦契約上の安全配慮義務違反があるか)
被控訴人は、小学生である長男及び長女を同伴した一般の主婦(特に野球には詳しくない)でしたが、そのような被控訴人が本件試合を観戦することになったのは、控訴人ファイターズが、新しい客層を積極的に開拓する営業戦略の下に、保護者の同伴を前提として本件試合に小学生を招待する企画(本件企画)を実施したからでした。控訴審は、このような本件の特殊な事情を考慮した上で、控訴人ファイターズは、そのような者が含まれていることを暗黙の前提として本件企画を実施する以上、少なくとも保護者らとの関係では、野球観戦契約に信義則上付随する安全配慮義務として、本件企画において上記危険性が相対的に低い座席のみを選択し得るようにするか、又は、保護者らが本件ドームに入場するに際して、ファールボール等の危険があること及び相対的にその危険性が高い席と低い席があること等を具体的に告知して、当該保護者らがその危険を引き受けるか否か及び引き受ける範囲を選択する機会を実質的に保障するなど、招待した小学生及びその保護者らの安全により一層配慮した安全対策を講じるべき義務を負っていた、と判断しました。
 そして、続けて控訴審は、控訴人ファイターズが上記のような招待した被控訴人ら家族の安全により一層配慮した安全対策を講じていたとは認められず、控訴人ファイターズは、安全配慮義務を十分に尽くしていたとは認められないから、被控訴人に対し、債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償責任を負うというべきである、と判示しました。
 これに対して、控訴人ファイターズは、契約約款にファウルボールが飛来する危険性等について警告、試合観戦チケットの裏面にファウルボールが飛来する旨の警告をしていた等主張しましたが、控訴審は、これらによって被控訴人が具体的に危険を認識できたとはいえず、一層配慮した安全対策を講じるべき義務を尽くしたとはいえないと判断しました。

5 考察   
  (1)  第一審判決と控訴審判決では、本件ドームについて「設置又は保存の瑕疵」(民法717条1項)ないし「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)があるか、について結論が分かれました。
 第一審判決は、「本件ドームでは、本件座席付近の観客席の前のフェンスの高さは、本件打球に類するファウルボールの飛来を遮断できるものではなく、これを補完する安全対策においても、打撃から約2秒のごく僅かな時間のうちに高速度の打球が飛来して自らに衝突する可能性があり、投手による投球動作から打者による打撃の後、ボールの行方が判断できるまでの間はボールから目を離してはならないことまで周知されていたものではない。したがって、本件事故当時、本件ドームに設置されていた安全設備は、ファウルボールへの注意を喚起する安全対策を踏まえても、本件座席付近にいた観客の生命・身体に生じ得る危険を防止するに足りるものではなかったというべきである。そうすると、本件事故当時、本件ドームに設けられていた安全設備等の内容は、本件座席付近で観戦している観客に対するものとしては通常有すべき安全性を欠いていたものであって、工作物責任ないし営造物責任上の瑕疵があったものと認められる。」と判示しました。他方で、控訴審判決は、野球観戦について、ある程度の臨場感は必要であり、その臨場感やその他の安全施策の観点から、通常の観客を前提とした場合に、本件ドームでの安全施策は相応の合理性があり、通常有すべき安全性を欠いたものとはいえないと判断しました。
 第一審判決と控訴審判決で判断が分かれたのは、本件事故当時に本件ドームに設置された安全設備として十分であったか否かの評価が分かれたことが理由だといえます。第一審判決では本件ドームの安全設備は不十分であったものと評価しましたが、控訴審判決では、プロ野球観戦における球場での臨場感という観点を重視し、徹底した安全設備までは不要で、現状の安全施策で足りるとの考えを示しました。
 確かに、球場としては、どこまでファウルボール飛来防止の安全施策を講ずれば良いのか、その基準は不明確であり、また、あらゆる危険を想定して防球ネットを設置すれば、観客席からの視界が大幅に遮られ、臨場感は減殺されることにもなります。観客としても、ファウルボールが飛来する可能性のある危険な座席を選択した以上、ある程度危険を引き受けたものと考えられます。
  (2)  一方で、控訴審判決も、本件では、営業戦略の下に、保護者の同伴を前提として本件試合に小学生を招待する企画のもとで、同伴した主婦(野球に関しては素人)が被害を受けたということで、ファールボール等の危険があること及び相対的にその危険性が高い席と低い席があること等を具体的に告知する等の安全対策を講じるべき義務があったとして、控訴人ファイターズにはかかる安全配慮義務に違反したと判示し、結果的に損害賠償責任を認めています。
 ただし、この控訴審の判断は、被害者が野球観戦をしようとチケットを購入した者ではなく、球団から招待された小学生に同伴した主婦(野球に関しては素人)という点で特殊な事情があり、同判断を一般化できるものではないでしょう。本件において、被害者が通常の方法でチケットを購入して野球観戦をしていたとしたら、賠償責任は否定されたかもしれません。
 なお、報道記事によると、本件については双方が上告せず、本控訴審判決が確定したようです。本控訴審判決が今後の球団運営にどのような影響を与えることになるのか注目されます。
  以上
                                                                    

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