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定型約款に関する民法改正

弁護士 寺中良樹

平成27年10月8日更新

 平成26年8月に、法務省法制審議会(法制審)民法(債権関係)改正部会は、「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」を、おおむねとりまとめ、私は、これに関する記事を、平成26年9月のリーガルトピックスに掲載しました。
 その後、法制審部会は、平成27年2月に、仮ではない、「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」を決定しました。
 → http://www.moj.go.jp/content/001136445.pdf   
 これを受けて、3月には、民法改正案が閣議決定され、国会に提出されましたが、昨今の安保関連法案の審議のあおりを受け、審議が進んでおらず、今国会での成立は困難な見通しとなっているようです。

 ところで、私が昨年コメントした「仮案」と、平成27年2月の「案」の大きな違いは、「仮案」で積み残しになっていた、定型約款に関する部分が付加されたところにあります。付加部分を見ますと、たしかにこれが積み残しになったこともうなずけるような、少し思い切った内容になっていると思います。これも少し前の話であり、改正内容については、既にさまざまなところで解説がされているところではありますが、私の感想のようなものも交えて、若干のコメントをしたいと思います。

 改正案の内容は、次のとおりです。
1 定型約款の定義(改正法548条の2)
2 定型約款についてのみなし合意(改正法548条の2)
3 定型約款の内容の表示(改正法548条の3)
4 定型約款の変更(改正法548条の4)

1 定型約款の定義

 定型約款とは、

定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。

とされています。
 定義の仕方はさておき、具体的な例としては、皆さんが「約款」としてイメージされているもの(たとえば、保険約款や旅行業約款)から外れているものではありません。もっとも、製品の原材料の供給契約等のような事業者間取引に用いられる契約書は、基本契約書のフォーマット通りの場合でも、約款には該当しないものとされています。

2 定型約款についてのみなし合意

 改正法548条の2は、次のように規定しています。  
     定型取引を行うことの合意(定型取引合意)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
二 定型約款を準備した者(定型約款準備者)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

2 前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして民法第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。

 1項によると、準備者が定型約款の内容を表示したり、相手方が定型約款の内容を了知していることは、定型取引合意の成立のための必須の要件ではないようです。
 これまでの意思表示理論では、定型約款の個別の条項についても、相手方が了知した上で意思表示がないと、条項どおりの効果が発生しないはずです。過去の判例の理論では、約款によって契約する意思を推定する、という、かなり擬制が入った理屈で約款の有効性を認めていますが、改正法は、一定の場合に、相手方の具体的意思とは関係なく、合意とみなしてしまうというものであり、その部分では、意思表示理論自体を覆しているように見えます。
 また、2項は、おおむね、消費者契約法10条と同じ内容です。定型約款は、ほとんどの場合、消費者契約でしょうから、この点も、これまでの法律実務をそれほど大きく変えるものではないと思います。

3 定型約款の内容の表示

 この点に関して、改正法548条の3は、次のように規定しています。
     定型取引を行い、又は行おうとする定型約款準備者は、定型取引合意の前又は定型取引合意の後相当の期間内に相手方から請求があった場合には、遅滞なく、相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、この限りでない。

2 定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは、前条の規定は、適用しない。ただし、一時的な通信障害が発生した場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。

 548条の2とも関係しますが、定型約款準備者は、相手方から請求があった場合に、内容表示義務を負うとするものであり、逆に言うと請求があるまでは表示義務は負いません。契約時に定型約款が準備できていれば、表示は後出しでも良いというものであり、この点でも、意思表示理論から離れていることを感じさせます。
 もっとも、準備者側としては、約款を表示せずに定型取引合意をしてしまうと、後で、合意当時の定型約款がどのような内容のものであったか、というところの立証に、かなりの苦労をすることになってしまいます。したがって、原状どおり契約書に約款を記載したり、契約過程で約款を示すということが、無難な対応となります。この条項は、理論的には大きな改正でも、実務に大きな影響を与えるというわけではないように思います。

4 定型約款の変更

 この点に関して、改正法548条の4第1項は、次のように規定しています。
     定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。

 これは、いったん行った契約の内容を、一定の場合には一方的に変更できるということですから、前2条よりさらに、意思表示理論との乖離を感じさせます。そもそも定型約款自体が、相手方(多くは消費者でしょう)にはよく理解できない、できても事実上拒否できない性質があります。これについて意思表示理論にとらわれますと、約款に形式的に同意したことをもって、不公平な条項に拘束されてしまう方向になります。これに、「相手方の一般の利益」とか「合理的」という、外からの目線の縛りをかけることによって、不公平を是正しようという趣旨なのでしょう。これは、方向性としては正しいように思います。
 もっとも、何が「相手方の一般の利益に適合」するのか、何が「合理的」であるのかは、まだ明らかではありません。今後、この点に関して、事例の集積を待つ必要があると思います。
 (以上)
                                                                    

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